伝承之蔵

モクリコクリの碑
仙台市/青葉区/八幡

   昔、来迎寺の近くの畑に、里人たちが、“モクリコクリの碑”と呼んでいる二つの板碑があった。 この板碑は、里人たちが、元寇のときの蒙古軍の死者を弔うために建てたものだという。

参考 『 仙台市史 6 』
現地で採集した情報


現地レポート

これが、来迎寺。弘安十年の板碑と延元二年の板碑の二つの板碑をモクリコクリの碑と呼んでいる。来迎寺の説明文によると、 延元二年の板碑は、道路拡幅工事のときに来迎寺の境内に移したのだが、弘安十年の板碑は、現在、所在が不明になっているそうである。 因みに、弘安十年の板碑は、板碑を削った粉が百日咳に効くという伝承があったため、長年にわたって里人たちに板碑が削りとられ、碑文は不明瞭であったという。


延元二年の板碑は、大切に保存されている。



これが、延元二年の板碑。モクリコクリとは、蒙古と高麗のことだと推量されている。



上の写真は、延元二年の板碑の横にある説明文。「苦人求佛恵」の“苦”は“若”の誤り、“大歳”は“太歳”の誤りであろう。

若人求 佛恵 ( もし、あなたが、悟りの知恵を求めて )
通達 菩提心 ( 悟りを求める心に、深く通じれば )
父母 所生 身 ( 父母から産まれた身のままで )
速 證 大覚 位 ( すみやかに、大覚の位を得るであろう )

右志者為過去悲母 ( 意味不明 )
太歳 延元二年 八月二日 丁丑
亡霊乃至法界平等利益 ( 意味不明 )



平成 18 年 2 月 10 日 ( 金 ) 掲載
令和 4 年 1 月 12 日 ( 水 ) 改訂


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