伝承之蔵

蜂屋敷
仙台市/青葉区/小田原・宮町

   承応元年五月、第二代の仙台藩主である伊達忠宗は、西国から蜜蜂を取り寄せ、200メートル四方の屋敷の中で飼っていた。 そのため、その屋敷は、里人たちから、“蜂屋敷”と呼ばれていたのだが、翌年の七月、激しい雷雨のため屋敷が破損し、すべての蜜蜂が、どこかへ飛び去ってしまったという。

参考 『 仙台市史 6 』
現地で採集した情報


現地レポート

これが、蜂屋敷の全体図。この伝説の後、蜂屋敷は荒廃した。そして、しばらくして、このあたりには、“小田原の遊郭”ができた。遊郭の概要は以下のとおり。


遊郭には、“赤線区域”と“青線区域”という区別があり、 当局の許可を得ているものが赤線区域、そうでないものが青線区域と呼ばれていた。当局の地図に、赤線と青線で示されていたため、そう呼ばれるようになった。


これが、小田原の遊郭があった場所。



遊郭は、上の写真のようにあったと思われる。画像1〜4は、ウェブサイト「背景写真補完の会」より画像を引用させていただきました。


これが、遊郭の入口。赤丸が遊女。客は、気に入った遊女を選び、その遊女と別室へ行く。



遊女は、このような部屋に客を連れてくる。あくまでも飲食という形式をとっていたようである。しばらくの間、この部屋で食事をしながら遊女と客は会話をかわす。


その後、遊女と客は寝室に行く。ここが、寝室。



そして…、○?△!□※。



平成 18 年 6 月 18 日 ( 日 ) 掲載
令和 4 年 1 月 13 日 ( 木 ) 改訂


地図