伝承之蔵

縛り地蔵
仙台市/青葉区/米ヶ袋

   昔、伊達騒動のとき、伊達宗勝を殺害しようとして捕えられた、伊東重孝という者がいた。 寛文八年四月二十八日、重孝は、米ヶ袋の刑場で斬罪に処せられるのだが、 そのとき、重孝は、首斬り役人の大橋万右衛門に、「人は、首を斬られると前に倒れるが、おれは後ろに倒れるだろう。 そして、おれの霊は、この世に残り、三年以内に宗勝を殺す」と言い残し、予告どおり、後ろに倒れて死んだ。 その翌日、万右衛門は仏門に入り、重孝の供養のために、お地蔵さんを建てて、懇ろに弔ったという。

参考 『 仙台市史 6 』
現地で採集した情報


現地レポート

これが、重孝の供養のために建てられた、お地蔵さん。 因みに、「重孝の霊が、三年以内に宗勝を殺す」という話であるが、宗勝が死んだのは、重孝が斬罪に処せられてから11年後である。


この、お地蔵さんは、人間のもっている苦しみを、すべて取り除いてくれるといわれている。 昔は、お地蔵さんの顔や体に縄を巻いて祈願していたため、里人たちから、“縛り地蔵”と呼ばれていた。 縄で、ぐるぐる巻きにされた、お地蔵さんは、まるで、縄の束が立っているように見えたという。


これは、縛り地蔵の近くにある河原。赤い矢印が、縛り地蔵。重孝は、ここで斬罪に処せられた。 万右衛門は、重孝の首を斬る時、緊張のあまり失敗してしまったのだが、 重孝は、後ろを振り向いて、「大丈夫だ。落ち着いて斬ってみろ」と言ったという。 この河原は、寛文六年から元禄二年までの二十三年間、刑場として使用された。


平成 18 年 7 月 17 日 ( 月 ) 掲載
令和 4 年 1 月 14 日 ( 金 ) 改訂


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