伝承之蔵

源兵衛淵 2
仙台市/青葉区/米ヶ袋・霊屋下

   昔、この里に、 源兵衛 という者が住んでいた。ある雨の日、源兵衛の家の前で、美しい女性が傘もささずに立っていたので、 源兵衛が、「どうしたんですか?」と聞いたところ、その女性は、「私は、この近くの淵に棲んでいる鰻です。実は、お願いがあってきました」と答えた。 源兵衛が、どのような願いなのかを聞いてみると、 その鰻は、「明日の夜、川上にある賢淵の蜘蛛が、私を攻撃してきます。 そのとき、あなたが、『源兵衛が助ける!』と言えば、私の勝ちになりますので、その一言を、お願いしたいのです」と言ったので、 源兵衛は、「そんなことなら、心配しなくていいですよ。簡単なことです」と言って、鰻と約束した。

   次の日の夜、賢淵の蜘蛛が、その鰻を攻撃してきたのだが、恐ろしい唸り声とともに戦いが始まり、激しい雷雨の中、鰻と蜘蛛は一進一退の攻防を続けたので、 その戦いを見た源兵衛は驚き恐れ、鰻との約束を果たさずに家に逃げ帰ってしまった。 翌朝、源兵衛が、その淵に行ってみると、淵の水は鮮血に染まり、川岸には鰻の首が捨ててあり、 その首は、源兵衛の家の方角を睨んでいた。それを見た源兵衛は、あまりの恐怖に狂ってしまい、数日後に死んでしまったので、 いつしか、里人たちは、この淵のことを、“ 源兵衛淵 ”と呼ぶようになったという。

参考 『 仙台市史 6 』
現地で採集した情報


現地レポート

これは、霊屋橋。源兵衛淵は、この近くにあった。しかし、現在、淵と思われるような場所はない。



これは、霊屋橋から見た風景。昔は、毎年、この源兵衛淵で数名が溺死していたので、里人たちは、鰻の祟りだと噂して恐れたという。


仙台市史6によると、この鰻を哀れんだ里人たちが、鰻の首を埋めたという塚があるらしい。 その塚には小さな石の祠が建っていて、この祠の上に子供たちがあがったりすると、必ず怪我をしたという。 残念ながら、現在、そのような祠はない。


平成 18 年 7 月 25 日 ( 火 ) 掲載
令和 4 年 1 月 14 日 ( 金 ) 改訂


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