伝承之蔵

芭蕉の辻
仙台市/青葉区/大町

   昔、この里に、伊達政宗の間者をしていた、 芭蕉 という虚無僧が住んでいた。芭蕉の偵察は、少しの狂いもなく正確だったので、戦いのたびに大きな役割を果たした。 その後、政宗が仙台城を築いたとき、政宗が、ある辻の四つの隅に立派な建物を建てて芭蕉に与えたので、 いつしか、里人たちは、この辻のことを、“ 芭蕉の辻 ”と呼ぶようになったという。

参考 『 仙台市史 6 』
現地で採集した情報


現地レポート

これが、芭蕉の辻。因みに、この伝説の芭蕉と松尾芭蕉は無関係である。 この辻が仙台城下の繁栄の中心になると、芭蕉は、その騒がしさを嫌って、この建物を政宗に返上し、名取の増田に“不退軒”という庵をかまえ、そこで一生を終えたという。


上の写真は、1930年ごろの芭蕉の辻。 ウェブサイト「ウィキペディア」より画像を引用させていただきました。 この伝説とは別に、辻の中の一つの隅に芭蕉が植えてあったので、芭蕉の辻と呼ばれるようになったという伝説もある。 この辻の四つの隅の建物は、火災のため次々と消えてしまった。焼失した日は次の通り。 東南角 … 明治二十三年一月十四日。東北角 … 明治二十三年五月二十五日。西南角 … 明治三十五年二月三日。西北角 … 昭和二十年七月九日。


これは、芭蕉の辻の碑。明治安田生命さんが、自社ビルの前に設置したもの。この碑には、芭蕉の辻の由来も記述されている。 昔、この辻には、“忠孝奨励”や“切支丹禁制”などの御札をかけた札場があったので、“札の辻”や“辻の角”と呼ばれたこともあった。


これが、明治安田生命さんの自社ビル。赤丸が、芭蕉の辻の碑。



平成 21 年 12 月 15 日 ( 火 ) 掲載
令和 4 年 1 月 14 日 ( 金 ) 改訂


地図