蕎麦米坂 |
仙台市/宮城野区/岩切/入山 |
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昔、 伊達政宗 が、 岩切城 の今市氏を攻めたとき、政宗は、「 山にある城なので、水は乏しいであろう 」と判断。岩切城の水源を絶ち、じっと水がなくなるのを待った。 ある日、岩切城で、水を滝のように流して馬の足を洗うようすが見えたので、伊達軍は、「 敵には水があるぞ! 」と叫んで狼狽したのだが、 政宗だけは、その“水”に烏が群がっていることに気づき、「 あれは水ではない。敵には、もう水がないぞ! 」と言って総攻撃をしかけ、たちまち岩切城を落城させた。 岩切城が落城した後、里人たちが、ある坂を通っていると、今市氏が、水にみせかけるために使った蕎麦の実と米が残っていたので、 いつしか、里人たちは、この坂のことを、“ 蕎麦米坂 ”と呼ぶようになったという。
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現地レポート |
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これが、岩切城跡への入口。
この道を進んでいく。
やはり、城だけあって険しい…。
おっ!山頂が見えてきた。
これが、岩切城跡。
岩切城跡からの景色。
赤線の地層あたりが、蕎麦米坂。
はっきりと地層に残っている。
かなり急な坂であったことが分かる。古老の話だと、馬車が、やっと通行できる幅だったという。
平成 18 年 3 月 29 日 ( 水 ) 掲載
令和 4 年 2 月 4 日 ( 金 ) 改訂
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