伝承之蔵

言い訳の楓
仙台市/宮城野区/榴岡

   元禄八年、 伊達綱村 は、母である 三沢初子 の冥福を祈るために釈迦堂を建て、京の都から千本の桜を取り寄せて、その境内に植えさせた。 この桜の植樹には、佐藤某という者が従事していたのだが、「 京の都の桜か…、珍しいなぁ…。千本もあるのだから、一本ぐらいなくなっても… 」と思い、 軽い気持ちで一本だけ苗を盗み、自宅の庭に植えてしまった。 ところが、ある日、役人から、「 これから、植えた桜の数を検分に行くから、おまえも立ち会うように 」という命令があり、 狼狽した佐藤某は、とっさに、楓の木を植えて役人を騙そうと思いついた。

   桜の木を検分にきた役人が九九九本まで数えたとき、それらの桜の木が平地に植えてあるのに、最後の一本だけが遠い丘の上に植えてあることに疑問をもち、 「 なぜ、一本だけ離れた丘の上にあるんだ? ここからでは、検分できないではないか 」と尋ねた。 すると、佐藤某が苦しまぎれに、「 高いところにある、“ 見上げ桜 ”も、たいへん趣があると思いまして… 」と言い訳したので、 その答えを聞いた役人は、「 それもそうだな。ところで、おまえの家の庭にある、“ 見下げ桜 ”の趣はどうだ? 」と言って笑った。 その後、佐藤某には、なんの処罰もなかったのだが、その楓の木は、“ 言い訳の楓 ”と呼ばれ、後世まで笑いものになったという。

参考 『 仙台市史 6 』
現地で採集した情報


現地レポート

この伝承の丘は、現在の榴ヶ岡公園のあたりになる。上の写真は、榴ヶ岡公園。残念ながら、言い訳の楓は現存していない。 また、伊達綱村が三沢初子のために植えたという桜も、現存していない。


この伝承の釈迦堂は、現在の宮城県公文書館の敷地にあった。しかし、現在は 孝勝寺 に移されている。 また、釈迦堂を建立したときに同時に建てたという碑は、そのまま同じ場所にあった。上の写真が、その碑。


これが、孝勝寺の入口。



これが、孝勝寺の山門。



これが、孝勝寺の本堂。



これが、孝勝寺にある、釈迦堂。



平成 18 年 6 月 6 日 ( 火 ) 掲載
令和 4 年 2 月 4 日 ( 金 ) 改訂


地図