宮千代の墓 1 |
仙台市/宮城野区/宮千代 |
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昔、松島の 雄島 という島に、 見仏上人 という僧がいた。この見仏上人には、 宮千代 という容姿端麗で歌を得意とする弟子がいたのだが、 歌の実力は相当なもので、その評判は京の都にも響くほどであった。 ある日、宮千代は見仏上人に、「 私は、歌の修行のために、京の都に行きたい 」と嘆願したのだが、 見仏上人は、当時、まだ子供であった宮千代の一人旅を危険に思い、決して許さなかった。 ある夜、宮千代は、悩んだ末に雄島を後にして京の都に旅に出た。その旅の途中、この里まで来たとき、 「 月は露 露は草葉の 宿借りて ( 月は、その姿を露の中に映しだされ、露は、その身を草の葉の上に置いている ) 」と、 上の句を詠んだ後、馬に乗りながら下の句を考えていると、注意力が欠けたために、宮千代は落馬して死んでしまった。 里人たちは、宮千代を哀れに思い、この里に塚を築いて遺体を葬った。ところが、その後、夜な夜な、この塚の周辺に宮千代の亡霊が現われて、 里人たちに、「 月は露 露は草葉の 宿借りて 」と、悲しそうな顔をして、上の句を詠むようになった。 この噂を聞いた見仏上人が、ある夜、その塚に行ってみると、噂どおり宮千代の亡霊が現われて、 「 月は露 露は草葉の 宿借りて 」と、上の句を詠んだので、見仏上人が、 「 それこそそれよ 宮城野の原 ( その美しい光景を見ることができる場所こそここだ。この宮城野原だ ) 」と、下の句を詠んだところ、次の日から、宮千代の亡霊は現われなくなったという。
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