伝承之蔵

側妻の悲
仙台市/若林区/古城

   昔、 伊達政宗 が自分の別邸に、相思相愛の側妻と子供を住まわせていたことがあったのだが、 その後、政宗の寵愛がさめると、政宗は、その側妻と子供を、領地内の遠く離れた屋敷に移した。 それでも、側妻は政宗を恋い慕い、どんなに門前払いされても、毎晩、政宗の別邸に通い続けていたのだが、 その無理がもとで病気になり、とうとう死んでしまった。 それ以後、政宗の別邸の門前では、誰の姿も見えないのに、毎晩、女性のすすり泣く声だけが聞こえるようになったという。

参考 『 仙台市史 特別編6 民俗 』
現地で採集した情報


現地レポート

上記の伝承のため、しばらくの間、政宗の別邸跡は利用されなかった。現在、そこには宮城刑務所が建設されている。上の写真がそれ。 昔、この刑務所内には、四方の監視が可能な六角形の建物があったのだが、その建物には、ある程度の身分の者が収監されていたので、 里人たちから、“ 六角大学 ”と呼ばれていた。残念なことに、この六角大学は現存していない。 因みに、その後、里人たちは、宮城刑務所自体を六角大学と呼ぶようになった。


平成 17 年 9 月 7 日 ( 水 ) 掲載
令和 4 年 2 月 5 日 ( 土 ) 改訂


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