伝承之蔵

報恩寺の身分け弁天
仙台市/若林区/新寺

   昔、 報恩寺 に、 金華山 の弁才天を厚く信仰し、毎月、欠かさず参詣していた住職がいたのだが、 年老いて体力も衰えたため、金華山への旅が困難となり、ついに、参詣できなくなってしまった。 すると、ある夜、金華山の弁財天が、その住職の夢枕に現われ、「 おまえの長年の信仰心は、立派なものであった。 よって、おまえに、私の分身を与える。もう一度だけ、金華山に来るがよい 」と言って消えた。

   報恩寺の住職が、その御告げにしたがって金華山に行ってみると、不思議なことに、金華山の住職が、報恩寺の住職を待っていた。 報恩寺の住職が、「どうして、私が来ることが分かったのですか?」と聞いたところ、 金華山の住職も同じ夢を見たとのことだったので、すぐに、二人で厨子を開いてみると、一体しかなかったはずの弁財天が分身していて、二体となっていた。 報恩寺の住職は、そのうちの一体を持ち帰って安置し、その後も厚く信仰し続けたという。

参考 『 仙台市史 6 』
現地で採集した情報


現地レポート

これが、報恩寺の入口。



これが、報恩寺の本堂。



これが、弁財天を祀っている堂。



これが、弁財天。



もともと、報恩寺は、里人たちから、“蓮池の寺”と呼ばれていた。 昔、ここには、蓮池という100坪ほどの広さの池があり、その池の中島に弁財天が安置されていたのだが、 昭和五十年の区画整理で蓮池は消滅した。当時、報恩寺の住職は、区画整理には反対であった。 しかし、報恩寺の周りにビルが乱立すると同時に池の水が涸れはじめたので、 「 いつまでも、反対していてもしかたがないか… 」と思い、しぶしぶ区画整理に応じたという。


昔、蓮池があった場所は、現在、公園になっている。



少しでも当時が偲べるように、公園の名前は、“新寺二丁目蓮池公園”である。



平成 18 年 5 月 26 日 ( 金 ) 掲載
令和 4 年 2 月 6 日 ( 日 ) 改訂


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