伝承之蔵

木ノ下の薬師如来 2
仙台市/若林区/木ノ下

   文禄の役のとき、伊達軍の軍船は、肥前の名護屋から朝鮮半島に向けて出帆したのだが、 出帆してすぐに、 伊達政宗 が乗った軍船に密航者がいることがわかった。 その密航者は、みすぼらしい僧であり、まったく悪びれるようすもなく政宗に、 「 私は、 木ノ下 の僧です。ずっと、明国に渡って学問の修行をしたいと思っていました。 どうか、乗船することを許しください 」と言ったので、好学の武将であった政宗は、この僧の乗船を許した。 この軍船は、たいへんな悪天候にもかかわらず、なんとか無事に朝鮮半島に渡ることができたのだが、 戦いが終わって日本に帰還するとき、政宗の乗った軍船が沈没しないか、家来たちの心配は、たいへんなものであった。

   朝鮮半島を出帆して日本に向かっているとき、不思議なことに、厳重な警戒にもかかわらず、また、このまえの僧が乗船していた。 そして、「 せっかく、明国で学問の修行をしても、日本に帰還できなければ意味がありません。 無礼だとは思いましたが、無断で乗船させていただきました 」と言ったので、政宗は笑いながら、この僧の乗船を許した。 その後、政宗が無事に名護屋に帰還すると、ある夜、政宗の夢枕に薬師如来が現われ、 「 私は、おまえの領土である木ノ下の薬師如来である。おまえが無事に渡航できるように、僧に化身して同行した。 無事に帰還できて、本当にめでたいことだ 」と言ったので、政宗は 岩出山 に帰ると、すぐに、家来を木ノ下の薬師如来に参詣させて、その加護に感謝したという。

参考 『 仙台市史 6 』
現地で採集した情報


現地レポート

これが、陸奥国分寺薬師堂。慶長十二年、伊達政宗によって再建された。



平成 18 年 5 月 29 日 ( 月 ) 掲載
令和 4 年 2 月 8 日 ( 火 ) 改訂


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