伝承之蔵

荒町の毘沙門天 1
仙台市/若林区/荒町

   昔、 伊達政宗 が、 粟野大膳 の居城である 北目城 を攻めたとき、その城は、いつも黒雲に覆われていて見通しがきかなかったので、なかなか落城させることができなかった。 そこで、政宗が、その城が黒雲に覆われている原因を調べさせたところ、大膳の持仏である、毘沙門天の加護だということがわかった。 ある日、政宗が、「もし、北目城を落城させていただけたら、必ず、今よりも立派な堂を建てて祀ります。どうか、力を貸してください」と、 その毘沙門天に祈願したところ、不思議なことに、その日のうちに、北目城は落城した。

   その後、政宗は、約束どおり立派な堂を建て、その毘沙門天を新しい堂に移そうとしたのだが、 その毘沙門天を運んで、荒町まできたとき、ふと、「この毘沙門天は、なんでも願いを聞いてくれる。誰かが、『政宗の命をください』と願ったら…」と思った。 そして、急に恐怖を感じた政宗は、その毘沙門天を近くの掘に投げ捨てると、そのまま、仙台城に帰ってしまった。

   数日後、 荒町 の子供たちが、堀に捨ててあった毘沙門天を見つけ、その毘沙門天をオモチャにして遊んでいると、 ある里人が通りかかり、「立派な毘沙門天だなぁ〜、こんな立派な毘沙門天を捨てるなんて、もったいない、もったいない 」と言って、 この里に堂を建てて、安置したという。

参考 『 仙台市史 6 』
現地で採集した情報


現地レポート

この伝説の毘沙門堂は、現在、 満福寺 の境内にある。これは、満福寺の山門。



これが、毘沙門堂。



これが、満福寺の本堂。



この堂に納められている毘沙門天は、たいへん子供が好きで、子供に関するものであれば、何でも願いを聞いてくれるという。


平成 18 年 6 月 21 日 ( 水 ) 掲載
令和 4 年 9 月 23 日 ( 金 ) 改訂


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