神に教育された僧 |
仙台市/若林区/土樋 |
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弘安元年、戦国大名である 大崎義孝 に、赤ん坊が生まれた。ところが不思議なことに、その赤ん坊は、生まれた瞬間、大崎家の紋のついた太刀や巻き物とともに姿を消し、行方不明になってしまった。 それから三年後のある日、義孝が狩を楽しんでいると、山の中でひとりで遊んでいる子供がいたので、義孝は、「こんな山の中で、子供が、ひとりで遊んでいるとは…」と不審に思い、その子供を、自分の屋敷に連れて帰った。すると、その夜、義孝は、ある夢を見た。白い 直垂 を着た 舎人 が、百人ほどで義孝の寝室を取り囲み、その中の一人が、「この子供を、五歳まで、われわれに教育させていれば、天下の英雄になったであろうに…。たいへん残念である。しかし、数日後、ある修行僧が、この里に来るので、その僧に、この子供を教育させるがよい」と言って、姿を消した。 義孝が目を覚ますと、三年前、赤ん坊が生まれたときになくなった、太刀や巻き物が、枕元に並んでいた。その子供が、自分の子供であることを知った義孝は、夢のお告げにしたがって、その修行僧に、自分の子供を教育させた。その子供こそが、後に、時宗の五代 遊行上人 となる、 安国上人 であったという。
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現地レポート |
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これが、真福寺の入口。
これが、真福寺の本堂。
赤丸が、安国上人坐像。因みに、像を安置している枠は、江戸時代につくられたもの。
これが、安国上人坐像。鎌倉時代末期〜室町時代初期につくられたものであると推定されている。
これは、安国堂の隣にある、子育稲荷神社。
平成 18 年 7 月 12 日 ( 水 ) 掲載
令和 5 年 7 月 11 日 ( 火 ) 改訂
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