伝承之蔵

藤塚の由来
仙台市/若林区/藤塚/東谷地里

   昔、この里に、 茂左衛門 という者がいた。ある日、茂左衛門が散歩をしていたとき、川岸に何か光るものがあったので、恐る恐る近づいてみると、藤の の上に、金色の光を放つ御神体があった。 驚き恐れた茂左衛門は、すぐに、この藤の筏を埋めて塚を築き、その上に碑を建てて祀ったので、いつしか、里人たちは、この里のことを、“ 藤塚 ”と呼ぶようになったという。

参考 『 仙台市史 6 』
現地で採集した情報


現地レポート

藤塚は、現存していない。昔、赤丸のあたりにあったという。藤塚の上に建っていた碑は、二年前に、近くにある 五柱神社 に移した。


これが、上の写真の赤丸の場所。現在、土手の工事が予定されている。そのため、残念なことに、この藤塚跡も、来年には消滅する。


昔は、赤線のあたりまで海だったという。因みに、赤丸は、藤。そのうちの一本が、下の写真。



とにかく、このあたりには、たくさんの藤がある。



これが、五柱神社の鳥居。



これが、五柱神社の拝殿。



赤丸が、五柱神社に移したという藤塚の碑。



これが、藤塚の碑。



藤塚の碑には、この伝承が刻まれている。この伝承の御神体に関して、仙台市史 6には、 「 この御神體を祀つたのが今の湊明神で、… ( 中略 ) …、 御神體は後に高舘の那智山權現に納つたが… 」とある。


平成 18 年 7 月 30 日 ( 日 ) 掲載
令和 5 年 7 月 11 日 ( 火 ) 改訂


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