伝承之蔵

波路上と大谷の境界線
気仙沼市/本吉町沖の田

   昔、 波路上大谷 の境界線が曖昧で定まらなかったとき、陸では物見のよくとれる場所を奪い合い、海では好漁場を奪い合うなど、境界線をめぐる争いが絶えず、その争いによる死傷者は、年々、増え続けていた。ある日、偶然、この里を通りかかった修行僧が仲裁しようとしたのだが、どうしても争いが収まらなかったので、その修行僧は、突然、座禅を組み、「 おれの遺体を境界線にしろ!この境界線を越えて争う者には、祟りを与える! 」と叫び、その場にいた里人たちに、自らを生き埋めにさせた。その後、反省した波路上と大谷の里人たちは、その修行僧が生き埋めになった場所を境界線とし、その場所に塚を築いて懇ろに弔ったという。

参考 『 本吉町誌U 』
現地で採集した情報


現地レポート

上の写真の赤い矢印が、この伝承の修行僧が生き埋めになった場所。なぜ、そのように呼ばれるようになったのかは不明であるが、里人たちには、 黒坊塚 と呼ばれている。


上の写真の赤丸の部分に、この伝承の修行僧が永眠している。残念ながら、塚はなくなっているが、古老に場所を確認してもらったので、この場所で間違いない。


ここが、波路上と大谷の境界線になった場所。左側が波路上。右側が大谷。



こちらが、波路上。



こちらが、大谷。



平成 17 年 10 月 15 日 ( 土 ) 掲載
令和 6 年 2 月 14 日 ( 水 ) 改訂


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