伝承之蔵

浄勝寺の失われた鐘 2
気仙沼市/本吉町津谷桜子
気仙沼市/本吉町新圃の沢

   昔、 源義経 の家来に、 佐藤継信佐藤忠信 という兄弟がいた。その兄弟の母親である 乙和御前 が、 桜子 と呼ばれる里に 浄勝寺 という寺を創建したのだが、創建から二百年ほどたった頃であろうか、この寺の鐘が台風によって吹き飛ばされ、寺の近くを流れる川の淵に沈んだ後、さらに、川の水に流されて、ある海岸に流れついた。「なんだ、この鐘は?どこから流れてきたんだ?」と不思議に思った里人たちが、その鐘をついてみたところ、「桜子が恋しい〜、桜子が恋しい〜」と鳴り響いたという。

現地で採集した情報


現地レポート

これが、浄勝寺の入口。



これが、浄勝寺の山門。



これが、浄勝寺の本堂。



この伝承の淵は、“ 鐘が淵 ”とも、“ 熊ン堂淵 ”とも呼ばれている。



これは、浄勝寺にある、佐藤継信と佐藤忠信の墓。右側が、佐藤継信の墓。左側が、佐藤忠信の墓。



「浄勝寺の失われた鐘 1」・「浄勝寺の失われた鐘 2」の二つの伝承を掲載したが、浄勝寺の失われた鐘2の方が、元来、浄勝寺に伝承されているものである。浄勝寺の住職の話によると、「すでに絶版になった『郷土を語る(本吉町小史考)』の中に、この伝承があり、先々代の住職も、その内容に関して認めていたようです」とのことであった。 「浄勝寺の失われた鐘 1」は、庶民的な話になっており、「浄勝寺の失われた鐘 2」は、貴族的な美しい話になっている。源・浄勝寺の失われた鐘のような話を源流として、各階層に合った話に分かれていったものと推量できる。


平成 21 年 6 月 18 日 ( 木 ) 掲載
令和 6 年 7 月 13 日 ( 土 ) 改訂


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