棒ふり田 |
富谷市/三ノ関/膳部沢下 |
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昔、 伊達政宗 は、 黒川晴氏 の居城である 鶴巣城 を攻めたのだが、鶴の陣形をしている鶴巣城が難攻不落の城だったため、なかなか落城させることができなかった。ある日、政宗は、鶴巣城の城下に間者を放ち、ある老婆から、「 あの城の急所は、ただ一つ。鶴の陣形の首にあたる部分を切断すれば、すぐに落城します 」という、鶴巣城の弱点を聞きだしたので、すぐに、鶴の首にあたる部分を攻め、その日のうちに鶴巣城を落城させた。 数日後、その老婆は、政宗に呼びだされたので、「 よかった。恩賞をもらえるんだ 」と思って喜んだのだが、政宗は、「 おまえは、恩賞のために領主の弱点を教えた裏切り者だ! 」と叫んで、その老婆の首を斬り落とし、無残にも、近くにあった田に、その首を投げ捨てた。その後、その田を耕す者がいると、恨めしい表情をした老婆が現われ、棒をふりまわして耕作の邪魔をするようになり、必ず、その田を耕す者の一家が原因不明の病気になって死に絶えたので、いつしか、里人たちは、この田のことを、“ 棒ふり田 ”と呼ぶようになったという。
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現地レポート |
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これは、鶴巣城があった山。
これは、鶴巣城跡の入口。
途中に、八幡神社がある。
赤い矢印は、下草コミュニティセンター。その右にある道を進む。
農業用の溜池がある。赤い矢印の道を進む。
どんどん進む。
ここが、鶴巣城跡。
神社があったのだが…。
御神体はなかった。どこか他の場所で保管されているのであろうか。
これは、鶴巣城跡からの風景。
![]() ![]() このような形から、鶴巣城と呼んでいたのかもしれない。
平成 18 年 3 月 12 日 ( 日 ) 掲載
令和 5 年 12 月 5 日 ( 火 ) 改訂
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