伝承之蔵

八雲神社と胡瓜 2
富谷市/富谷/堂ノ前
富谷市/ひより台

   天保 年間、未曾有の大凶作と疫病が、この里を襲ったため、里人たちは死を覚悟したのだが、不思議なことに、大凶作にもかかわらず、胡瓜だけは豊作だったため、里人たちは、餓死することだけは免れた。そのため、 牛頭天王 を祀ってある 八雲神社 に胡瓜を奉納してからでなければ、この里では、胡瓜を食べないという習慣が生まれたという。

参考 『 新訂 富谷町誌 』
現地で採集した情報


現地レポート

約17年前に、この里を探訪した時には気がつかなかったのだが、今回の改訂で、再度、調べてみたところ、 ウェブサイト 「 TOMIYAあったか探検隊 」(ここをクリック) の八雲神社に関する記述で、この里には二つの八雲神社があることを知った。上の地図がそれ。因みに、約17年前、伝承之蔵に掲載したのは、左の赤い矢印の八雲神社であり、右の赤い矢印の八雲神社は探訪していない。


上の地図の赤い点線は、富谷市富谷新町の範囲。昔、この里には 富谷宿 があったのだが、 ウェブサイト 「 富谷しんまち 」(ここをクリック)の記事によると、 富谷宿には、宿屋・呉服屋・酒屋・醤油屋など、75軒もの店が軒を連ね、旅人や商人の宿場として隆盛を極めていたという。


天保年間、未曾有の大凶作と疫病の流行が新町を襲ったため、柴田町 入間田 より八雲神社を勧請し、上の地図のように、新町の南北の出入口に配置した。


これが、八雲神社( 南側 )への入口。



これが、鳥居。



これが、本殿。



これが、本殿の中にある御神体。八雲神社に祀られている神は、 素戔嗚尊 とも、牛頭天王ともいわれている。



これが、八雲神社( 北側 )への入口。



これが、本殿。



平成 18 年 3 月 13 日 ( 月 ) 掲載
令和 5 年 12 月 6 日 ( 水 ) 改訂


地図