伝承之蔵

濁り堤
富谷市/ひより台
富谷市/三ノ関/坂ノ下
富谷市/成田

   昔、 伊達政宗 が、 黒川晴氏 の居城である 鶴巣城 を落城させたとき、それまで籠城していた多くの武士たちの首を斬り落としたのだが、その武士たちの首を斬って血に染まった刀を、ある堤で洗ったところ、不思議なことに、午前中は澄んでいる堤の水が、午後になると血の色に染まるようになった。そのため、いつしか、里人たちは、この堤のことを、“ 濁り堤 ”と呼ぶようになったという。

参考 『 新訂 富谷町誌 』
現地で採集した情報


現地レポート

これは、鶴巣城があった山。



これは、鶴巣城跡の入口。



途中に、八幡神社がある。



赤い矢印は、下草コミュニティセンター。その右にある道を進む。



農業用の溜池がある。赤い矢印の道を進む。



どんどん進む。



ここが、鶴巣城跡。



神社があったのだが…。



御神体はなかった。どこか他の場所で保管されているのであろうか。



これは、鶴巣城跡からの風景。



上の図は、鶴巣城の復元図。 ウェブサイト 「 余湖くんのホームページ 」 より画像を引用させていただきました。 この図から、鶴巣城がどのような鶴の形だったのかを推量すると…。


このような形から、鶴巣城と呼んでいたのかもしれない。



富谷市の民俗ギャラリーに問い合わせたところ、「 ひより台団地の調整池。佐藤病院の裏の池。もしくは、ヤマト富谷営業所の裏の池。その中の一つが、濁り堤だと思われます 」とのことであった。上の写真が、ひより台団地の調整池。新訂 富谷町誌には、「 これは、堤の上のほうが畑のため雨が降ると赤土が水に溶けて堤に注ぎ込み水をにごらせるからであり、また、堤の周囲にスギ林があって太陽の光線の加減で水が澄んだりにごったりして見えるところから名づけられたともいわれているが、・・・( 中略 )・・・ 現在は、ひより台団地の造成で埋め立てられ、調整池となっている 」とある。


これが、佐藤病院の裏にある池。



残念ながら、ヤマト富谷営業所の裏に池はなかった。



平成 21 年 11 月 13 日 ( 金 ) 掲載
令和 5 年 12 月 10 日 ( 日 ) 改訂


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