伝承之蔵

夜泣き石
加美町/北川内/藁野
加美町/宮崎/町

   この里の 宮崎 にある湯殿山碑は、 安政 二年に建立されたのだが、その碑を建立するための石は、この里の 北川内 の森の中から四年がかりで運びだしたものであった。そのとき、その森の中には、大きな石と小さな石が仲良く並んでいたのだが、里人たちは、「 湯殿山碑にするんだ、大きな石の方が良いだろう 」と思い、大きい方の石を宮崎まで運んで湯殿山碑にした。ところが、その後、残された小さい方の石の苔が赤くなって枯れてしまったので、里人たちは、「 小さい“ 妻の石 ”が、離ればなれになってしまった大きい“ 夫の石 ”に恋い焦がれて、自らの熱で枯れたのだろう 」と噂した。そして、夜中になると、その妻の石からシクシクとすすり泣く声が聞こえるようになったので、いつしか、里人たちは、この石のことを、“ 夜泣き石 ”と呼ぶようになったという。

参考 『 宮崎町史 』
現地で採集した情報


現地レポート

これが、宮崎にある湯殿山碑。この碑を建立するために、北川内の森の中から夫の石を運んできた。



赤い矢印が、夜泣き石。道に迷うこと2時間…。地図を見ながら、誰もいない道端で立っていたので、心配した古老が声をかけてくれた。私が、夜泣き石を探していることを話すと、その古老は、「 あぁ〜、夜泣き石は、場所を知っていないと行けないよ。森の中だもん 」と言って笑い、わざわざ、私を夜泣き石まで連れて行ってくれた。因みに、夜泣き石に到着した時の私の感想は、「 こんなの分かるかぁ〜!こっちが泣きたいわ! 」であった。


古老と私で、夜泣き石の周辺の清掃活動をした♪



サッパリ♪お供え物があったが、かなり古いものだったので、この伝承も少しずつ忘れられているのかもしれない。



平成 17 年 7 月 2 日 ( 土 ) 掲載
令和 6 年 1 月 15 日 ( 月 ) 改訂


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