伝承之蔵

翁峠の由来
加美町

   承久 三年、鎌倉幕府を倒そうとして戦争をした 後鳥羽上皇 であったが、 北条義時 らの鎌倉軍に敗北し、幕府によって、後鳥羽上皇は 隠岐 に、 土御門上皇土佐 に、 順徳天皇佐渡 に流されることになった。その後、幕府に、「 佐渡に流された順徳天皇が崩御し、里人たちによって葬られました 」との報告があったのだが、実際は、平家の落人たちに助けられて佐渡を脱出。数年の間、この里にある、ある峠に滞在した後、残念ながら崩御した。高貴な翁が亡くなった峠なので、いつしか、里人たちは、この峠のことを、“ 翁峠 ”と呼ぶようになったという。

参考 『 宮崎町史 』
現地で採集した情報


現地レポート

翁峠は、宮城県と山形県の県境にある。宮城県側では翁峠と呼ばれ、山形県側では 翁山 と呼ばれている。余談ではあるが、「  この山に棲む白鹿が、猟師に射られそうになった時、突然、白髪の老人が現われ、『  私は、 春日大明神 に仕えている翁だ  』と言って、白鹿とともに姿を消した  」というのが、山形県側が、この山を翁山と呼ぶようになった由来である。


平成 21 年 4 月 27 日 ( 月 ) 掲載
令和 6 年 1 月 15 日 ( 月 ) 改訂