日吉神社の由来 |
加美町/宮崎/寒風沢十二番 |
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文禄 年間、この里の領主であった 石母田 某が狩猟をしていると、ある大きな木の下に猿がいるのを発見したので、その猿を鉄砲で撃とうとしたところ、「 私は、妊娠しています。どうか、子供と私を殺さないでください! 」と、その猿が命乞いをはじめた。ところが、そのとき、藩主である 伊達政宗 が、「 天国 がつくった槍を手に入れたのだが、 尻鞘 にするための猿の毛皮がない。どこかに、良質な猿の毛皮はないか? 」と言っていたことを思い出したので、石母田某は、「 これは良質な猿の毛皮が手に入った。これを政宗様に献上しよう 」と思い、必死に命乞いをしている猿を、情け容赦なく撃ち殺した。ところが不思議なことに、その後、石母田某の屋敷を、さまざまな不幸が襲ったので、祈祷師に祈祷してもらったところ、「 これは、猿の祟りです。猿は 山王 様の使者なので、 日吉神社 を建ててみてはどうでしょうか? 」とのことだったので、石母田某は、この里に日吉神社を建てて、自分が撃ち殺してしまった猿の冥福を祈ったという。
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