秋色柳落葉 |
加美町/柳沢/桧葉野屋敷 |
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【 一 】
昔、この里に、 金太郎 という百姓が住んでいて、その金太郎には、 広野金右衛門 という祖先がいたのだが、金右衛門は、生まれながらに武術に優れていて、この里を治めていた 笠原隆親 という武士の家来をしていた。ある日、 伊達政宗 が、隆親の城を攻めたとき、その戦いに敗北した伊達軍の武士である 浜田景隆 らは、やむなく敗走することになった。ところが、金右衛門が、敗走する景隆に対して、「 景隆!この卑怯者が!臆病風にでも吹かれたか!かかってこい! 」と叫んだため、それを聞いた景隆は、すぐに引き返し、見事に金右衛門の首を打ち落とした。そして、景隆は、「 私に悪口雑言をはきちらした罰だ! 」と言って、金右衛門が持っていた刀を奪い、金右衛門の口の中に刀を突き刺してから、その首を近くの田の中に埋めさせたのだが、金右衛門の首に敬意をはらうことなく田に埋めた罰なのだろうか、追ってきた笠原軍から景隆が逃げようとしたところ、景隆が乗った馬が、金右衛門の首を埋めた田の泥に足をとられて動けなくなり、景隆は、追ってきた笠原軍によって殺されてしまった。 【 二 】
金太郎には、 豊松 という男性と、おのえという女性の二人の子供がいたのだが、二人とも親孝行な子供だったので、両親の寵愛は、たいへんなものであった。ある夜、金太郎の夢枕に、鎧を着た武士が現われ、「 おれは、おまえの先祖の金右衛門という者だ。おれは、浜田景隆という者に首を打たれたのだが、そのとき、悪口雑言をはいたため、刀を口に突き刺されたまま泥の中に首を埋められた。百年たった今も、その口に刺さっている刀で苦痛をうけている。頼むから、この苦痛から救ってくれ。もし、救ってくれなければ、おまえの家族に刀で死ぬ者がでるぞ! 」と言うと、そのまま、スーッと姿を消した。「 不思議な夢だったな…。しかし、その首が、どこに埋まっているのかわからなければ、供養のしようがない。家族に相談すれば、『 気味が悪い話ね… 』となって、必ず、災いをまねくことになる 」と思った金太郎は、毎日、ひとりで悩んでいたのだが、そうこうしているうちに病気になり、 文化 十一年の春、とうとう、金太郎は死んでしまった。 【 三 】
金太郎が死んだ翌年、文化十二年の春、この里でも有名な絶世の美人であり、二十八歳になったおのえは、 桧葉野 の 円蔵 という者の子供である 円治 のところに嫁いだのだが、たいへん夫婦仲が良く、里人たちが羨むほどの幸せな生活をしていた。この円蔵という者の本家には、 門蔵 という百姓がいて、その門蔵には、 兵助 という十九歳の子供がいたのだが、農家には珍しく、武術だけではなく、風流の道にも精通した立派な若者であった。この兵助が、いつしか、おのえに恋心をいだくようになってしまい、おのえの方も、美男子で心の優しい兵助に恋心をいだくようになり、毎日のように、「 兵助さんの妻になる方は幸せね…。たとえ、一晩だけでも一緒にいられれば、どれほど、この胸が晴れるだろうか 」などと、思うようになっていった。ある日、兵助とおのえは、偶然、町の中で会ったのだが、このとき、おさえきれなくなった二人の恋心が、お互いの顔色に現われてしまう。おのえが、顔を真っ赤にして、「 兵助さん…、どちらに行かれるのですか? 」と聞くと、兵助は、「 さぁ…、どこでしょうか…。いつも、あなたのことを考えながら歩いているので、あなたの心しだいですね… 」と答えた。結局は、こうなる運命であったのだろうか。その後、二人は、お互いに愛の言葉を交わし、ついには、自分の指を食いちぎって血判した 比翼連理 の起請文を、天神様に奉納した。 【 四 】
ある日、そんな二人の関係を知らない門蔵は、 鳥屋ヶ崎 の娘と兵助の結婚を決め、「 めでたい、めでたい。そうだ、おまえに、先祖から伝わっている刀をやろう 」と言って、ある刀をわたした。兵助が、近くに住んでいる目利きの屋敷で、その刀を鑑定してもらったところ、「 かなり高価なものですね。ただし、 鎬 の上に傷があるでしょ。これは臆病傷といって、武士などが嫌う傷です。また、 目貫 は、人が嫌う 螻蛄 という虫ですね。この虫には、『 1.土を掘ること2.水にもぐること3.水の上を歩くこと4.木に登ること5.飛ぶこと6.跳ねること7.鳴き声をだすこと 』という七つの才能があります。どれも、すばらしい才能なのですが、それらの中で、どれ一つとして、突出して優れているというものがありません。つまり、どれをとっても中途半端ということです。中途半端に物を覚えて、物知り顔でいる人を、“ けら方 ”というのは、これが語源です。武士は嫌いますが、農家では刀を使用することもないので、さほど気にする必要はないですよ 」とのことであった。家に帰る途中、兵助は、「 そういえば、父は、何回も他人の妻を寝取っている。しかし、その女性たちと結婚することは、一度もなかった。もしかしたら、これは、すべて、この刀のせいなのかもしれない… 」と思い、なんとかして、他の刀と交換しようとした。ちょうど、そのとき、刀を交換してもよいという者が現われたので、兵助は喜んで交換した。そして、また、近くに住んでいる目利きに刀を鑑定してもらったところ、「 これは、重ねて焼かれたものです。動物などを斬ったり、戦争で人間を斬ったりするのには良いでしょうね。かなり高価なものです。目貫は 鴛鴦 なので、心中するのに最適です 」とのことであった。 父が決めた結婚のことをおのえに相談しようと思った兵助は、ある夜、おのえに、「 今度、私は結婚することになりました。この結婚を拒否すれば、親不孝になります。しかし、結婚すれば、あなたとの永遠の愛を誓った起請文が、すべて嘘だったということになり、神に対する不忠になります。私は、どうしたらよいのでしょうか?どうか、あなたの気持ちを聞かせてください 」と話すと、おのえは、うつむきながら、「 私は、すでに結婚しています。あなたに結婚するなとは言えません。いずれにしても、私の心は、あなたのものです。あなたの決定に従います 」と、目に涙をうかべて兵助にもたれかかった。しばらく黙って、おのえの乱れた髪をなでていた兵助が、「 私は、あなたと心中して、来世で夫婦になりたい… 」とつぶやくと、おのえは、「 これはありがたい言葉です。私は、その言葉に従います 」と答え、二人は、七月二十七日に心中することを約束して、それぞれの家に帰った。 【 五 】
兵助は、「 父の恩は山よりも高く、母の恩は海よりも深い。その恩に報いることなく、心中するとは…。私ほど親不孝な者はいないな。でも、こんな私に対しても、父と母は、『 良い子だったのに… 』、『 なんて不憫なことに… 』と言って、私の死を悲しむだろう 」と思って泣いていたのだが、しばらくしてから、両親への遺書を書きはじめた。 【 お父さん、お母さんへ 】
恐れ多いことですが、一通の遺書を残させていただきます。お父さんと、お母さんの恩を、まったく無駄にするような、この度の心中、親不孝の大罪であると思います。本当に申し訳ございません。心の優しい御二人は、こんな私の死をも、悲しんでいらっしゃることと思います。私は、この心中で、無間地獄に落ちる覚悟です。できることなら、私と親子の縁を切ってくだされば、私の罪も少しは軽くなり、御二人も諦めがついて、今後も幸せに生活できると思います。
兵助
一方、おのえの方も、「 父が死んでから、三年もたたないのに、私も死んだとなれば、母は、たいそう悲しむことでしょう。でも、兵助さんと約束したのだから… 」と、泣く泣く、母に遺書を書きはじめた。 【 お母さんへ 】
この度のことで、遺書を書くことにいたしました。お母さんの悲しみを考えると、私の涙はとまらなくなり、まったく筆がすすみません。父が死んで、その涙がかわく間もなく、また、私を失う悲しみには、きっと、恨みの感情も入っていることでしょう。海よりも深い恩がある親よりも先に死ぬということは、動物にも劣る行為だと思います。私のことは忘れて、幸せな生活をしてください。死ぬ順番が逆になってしまいましたが、もし、御焼香をいただけるのならば、私は、草葉の陰から、お母さんを拝むことでしょう。書き残したいことが、山のようにありますが、心がせかされていますので、残念ではありますが、ここで筆を置くことにいたします。
おのえ
おのえは、続けて、夫への遺書を書きはじめた。 【 旦那様へ 】
あなたに、このような遺書を残しても、さらに、あなたを怒らせてしまうのではないかと悩みましたが、心に思っていることを書き残さないことも、あなたが情けなく思うかと思いまして、涙を流しながら、この手紙を書きました。私には、あなたの目を盗みながら、来世では、必ず、夫婦になることを約束した男性がいます。そのため、この度、心中することにいたしました。昔から、夫のために尊い命を捨てた妻たちがいる中で、私のしたことは大罪であり、このまま、無間地獄に落ちたとしても、なんの不服もありません。私のことは忘れて、できるだけ早く新しい妻を迎えてほしいと、草葉の陰から願っています。他にも申し上げたいことがありますが、先を急ぐ身なので、ここで筆を置くことにいたします。
おのえ
こうして、二人は、七月二十七日を迎えた。兵助もおのえも、それぞれ思い思いの衣装をまとい、その姿は、この世の者とは思えないほど美しいものであった。 【 六 】
文化十二年、七月二十七日。兵助とおのえは、ある神社に参詣し、「 今日、私たちは、あの世に旅立ちます。いさぎよく死にますので、どうか、後に残った家族が、世間から悪口雑言をうけることのないように御願いいたします。家族だけは、守ってあげてください。私たちからの最後の御願いです 」と祈願した。おのえは、兵助に、「 母とも、今日かぎりです。少しの間だけ時間をください 」と言って、母の家に行った。母は、おのえの姿を見るなり、「 このごろは、あなたの夢ばかり見るんですよ。病気にでもなったのかと心配していました。見る夢が、あまり良い夢ではなかったので…。今夜は、ゆっくりと語り合いましょう 」と言ったのだが、 おのえは、涙をこらえて、「 ひさしぶりに、お母さんの顔が見れて、私は嬉しい。話したいことは山ほどありますが、今日は、これで帰らなければなりません。また、近いうちに来ますので、そのときに話しましょう 」と言って、家を出た。このとき、母は玄関の前に立ち、いつまでも、いつまでも、おのえの後ろ姿を見送っていた。一方、おのえの方も、「 これで、母の顔を見るのも最後… 」と思い、何度も、何度も、立ちどまってふりかえった。おのえは、あふれる涙をおさえきれず、近くの木の陰に隠れ、母のいる方角に向かって伏して拝んだ。おのえは、「 母は、私に誠意をつくしている。その母の心を騙すとは…、許してください…、許してください… 」と、半狂乱になったが、家の近くで待っていた兵助が、おのえを抱きよせ、「 今さら未練を残しても、世間の笑い者になるだけだ。さぁ、早く…、早く… 」と言ったので、おのえも涙をふき、手に手をとって歩きはじめた。 その後、二人は桧葉野にある浜田景隆の墓に向かって、「 あなたは、たいそう立派な武士であったと聞きました。この度、私たちは刀で死ぬのですが、潔く死にますから、どうか、世間の笑い者にならないように、私たちを守ってください 」と祈願した後、二人は死地と決めた 天神様 に向かって歩き始め、天神様に到着すると、すぐに、本殿の裏にある大きな木に、辞世の句と法名を彫った。 諸共に 昼をもまたで 朝顔の 手に手をとりて 露と消えぬる( 私たちは、昼まで存在しない朝顔の露のように、手に手をとって、儚くも、この世から消えてしまった )楓嶺劔露信士 花劔妙躰信女 このとき、寺々の鐘の音が諸行無常を奏で、この里に悲しく響いていた。おのえは、兵助に、「 介錯を御願いいたします… 」と言って、西の方角を向いて 無量寿経 を唱えたので、兵助は、おのえの背中にまわり、刀をふりあげ、「 花のように美しい女性が、これから死という闇に落ちようとしている…。いったい、なぜ、このようなことになったのか… 」と涙を流した。おのえの、「 さぁ、今です。早く、この苦しみから解放してください 」という言葉で、兵助が刀をふりあげると、ピカッという激しい閃光とともに、たちまち、おのえの首が地面に転げ落ちたので、兵助は、その首を拾い、「 おのえ〜!おのえ〜! 」と叫んで、おのえの髪をなでながら涙を流した。それから、兵助は、血で染まったおのえの遺体の膝によりかかりながら、刀で腹を十字に斬り、声をたてることもなく死んだ。二人の命は、たちまちのうちに露と消え果てて、重なり合った遺体には、柳の長い枝が、風に吹かれながらサラサラとふりかかっていた。 【 七 】
兵助とおのえの命が露と消えたころ、二人の姿が見えなくなった両家では、たいそうな騒ぎになっていた。あちらこちらに人をやって二人を捜したのだが、どうしても居場所がわからず、ただただ呆然とするだけだったのだが、二日後の夜、門蔵の夢に、兵助とおのえが現われたので、門蔵が、「 おまえたちは、今、どこにいるんだ? 」と聞くと、二人は、「 たいへん申し訳ありません。この度、私たちは心中いたしました。今、私たちの遺体は、天神様にあります。どうか、この大罪を御許しください 」と言って姿を消した。すぐに、門蔵が天神様に行ってみると、兵助とおのえが重なり合って死んでいた。驚いた門蔵が慌てて家に帰り、このことを妻に話すと、門蔵の妻は、「 その日の朝、顔色が悪かったので、『 どうかしたの? 』と聞いたのですが、何も答えませんでした 」と言って、泣きくずれた。その後、両家の家族らが天神様に行き、近くの木に彫ってあった辞世の句と三通の遺書を発見。その場にいた者たちは、全員、その遺書を読んだのだが、誰一人として涙を流さない者はいなかった。おのえの夫である円治でさえも、一度は怒りの表情を見せたが、この遺書を読んだ後は涙を流して悲しんでいた。そのため、里人たちは、兵助とおのえの遺体を一つの棺桶におさめて葬り、懇ろに弔ったのだが、そのとき、その場にいた里人たちは、ほんとうに華やかな心中であったと口々に唱えたという。
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現地レポート |
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赤い矢印が、浜田景隆の墓。
これは、近くにあった説明文。
赤い矢印の道を進むと、天神様がある。
これが、天神様の鳥居。
赤丸が、兵助とおのえの供養碑。
これが、兵助とおのえの供養碑。
鳥居の奥に、天神様の本殿がある。
これが、天神様の本殿。
平成 21 年 5 月 17 日 ( 日 ) 掲載
令和 6 年 1 月 19 日 ( 金 ) 改訂
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