朝比奈義秀の埋蔵金 |
加美町/宮崎 |
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建暦 二年、 和田義盛 が北条氏との戦争で敗北したとき、その子供である 朝比奈義秀 は、しばらくの間、 紀州 に逃れた後、もとの領地である 伊具 に移って 蟄居 していた。ちょうど、そのころ、昔、 藤原秀衡 が、この里で金を発掘していたという噂を聞いた義秀が金掘りをしたところ、大量の金が産出。義秀は、その大量の金を、この里の、ある場所に埋めた。そのため、いつしか、里人たちは、義秀が金を埋めた場所のことを、“ 朝比奈畑 ”と呼ぶようになったという。
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現地レポート |
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平成 21 年 6 月 15 日 ( 月 ) 掲載
令和 6 年 1 月 23 日 ( 火 ) 改訂
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