耕野の柿 |
丸森町/耕野 |
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昔、 耕野 の里人たちが、大阪の陣に出征したことがあった。そのとき、その里人たちが、 大和 から柿を持ち帰って耕野で栽培してみたところ、干柿に適していたので、“ 大和柿 ”と呼んで、盛んに栽培するようになった。ある日、 石川大和守昭光 という殿様が、この里を訪ねたとき、大和守が、この柿を見て、「この柿は、なんという柿か?」と聞いたのだが、里人たちは、「殿様の名前と、柿の名前が同じヤマトでは、失礼なのでは…」と思い、とっさに、「これは、トヤマ柿と申します」と嘘をついてしまった。そのため、いつしか、里人たちは、この柿のことを、“ トヤマ柿 ”と呼ぶようになったという。
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