七郎館 |
丸森町/大張川張/舘 |
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文治 五年、 源頼朝 は、 藤原泰衡 を討伐するため、奥州に大軍を向かわせた。泰衡軍の 佐藤基治 は、頼朝軍との戦いを決心したのだが、それは、そのまま死を意味していた。基治には、生まれながらの障害者で、片足が不自由であった 佐藤七郎秀信 という子供がいたので、基治は、「 この戦争で、一族は滅亡するであろう。おまえは、生まれながらの障害者だ。戦って捕虜になるよりは、逃げて天寿を全うするがよい 」と七郎に告げ、七郎を船に乗せて、 阿武隈川 に流した。その後、七郎は、この里に流れ着き、“ 七郎館 ”という屋敷を建てて、この里で、天寿を全うしたという。
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現地レポート |
![]() ![]() ![]() ![]() 字名といっても、正式な住所ではなく、地区名のような形で残っているのであろう。
平成 21 年 8 月 2 日 ( 日 ) 掲載
令和 5 年 8 月 29 日 ( 火 ) 改訂
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