伝承之蔵

初原の鷹とり名人
松島町/初原

   昔、この里に、 千葉養吉 という、鷹とりの名人が住んでいた。養吉は、獲った鷹を一ヶ月ほど飼い慣らした後、江戸の将軍家へ献納していたのだが、当時、将軍家に献納する鷹を持って旅をする者は、江戸で献納の儀をすませるまでは、両刀をさすことも許されるなど、武士と同等の待遇を受けることができた。将軍家に鷹を献納した後、この里に帰る途中の宿場町で、あびるほど酒を飲むのが養吉の楽しみだったのだが、そのとき、鷹とりの名人であった養吉は、店から、武士よりも良い待遇でもてなされたという。

参考 『 松島町誌 』
現地で採集した情報


現地レポート

江戸時代 末期、この里で鷹を狩る場所といえば、松島町にある 尾鹿ノ森山鷹場山 、そして、東松島市にある 大高森 という三つの山であった。当時、鷹を狩る者は、「 まず、見晴らしの良い場所に、足を縄で結んだ鳩をすえる。すると、飛んでいる鷹が、その鳩を見つけて矢のように降りてきて鳩を捕らえるので、その好機を逃さず、物陰から飛び出して、用意しておいた網をかぶせる 」という方法で鷹を捕らえていた。


平成 19 年 12 月 5 日 ( 水 ) 掲載
令和 5 年 11 月 12 日 ( 日 ) 改訂