伝承之蔵

万海壇
松島町/根廻/堂ノ前

   昔、この里に、 万海 上人という僧が住んでいたのだが、ある日、自分の死期が近いことを悟った万海上人は、里人たちに、「 近いうちに、私は死ぬであろう。そのときは、私の遺体を逆さまにして葬ってくれ。必ずだぞ! 」と頼んでから、自ら棺の中に入って読経し、鐘をたたき続けた。翌日から、里人たちは、交代で万海上人の庵までやってきて棺の様子を伺い、鐘の音が聞こえると、「 おぉ、まだ生きておられる。よかった、よかった 」と言って帰っていったのだが、やがて、その鐘の音が聞こえなくなったので、里人たちは、万海上人が死んだことを悟り、たいへん悲しんだ。

   その後、万海上人を埋葬するとき、里人たちは、「 いくら、上人様の遺言だからと言っても、逆さまに埋葬するのは無礼なのでは… 」と思い、通常の姿勢で万海上人を埋葬したのだが、しばらくして、この里に疫病が流行しはじめたので、困った里人たちが、巫女に占ってもらったところ、「 あなたたちが、万海上人の遺言に背いたため、このような疫病が流行した 」とのことであった。そのため、慌てた里人たちが、万海上人の遺言のとおりに埋葬しなおすと、不思議なことに、すぐに里人たちの病気が治癒したという。

参考 『 松島町誌 』
現地で採集した情報


現地レポート

松島町誌には、「 埋めた所に植えた松が大木になったが野火で枯れてしまった。代りに植えたものが、今目通り一尺ほどになっている。上人を葬ってからこの山を万海壇と呼ぶようになった。堂の前の旧墓地の西のところを寺経堂といっているので、その辺に庵があったのかも知れない 」とある。上の写真が、 万海壇


これは、万海壇への登り口。万海上人の遺体が埋葬されている場所まで行こうとしたところ、古老に、「 今年は暑い夏だったので、蛇がウジャウジャいるよ。やめておいた方がいいと思うけど… 」と言われたので、今回は、撮影を断念した。蛇くんが冬眠に入ったら行ってきまぁ〜す。

パンチ☆  (゜o°(○=(-_-;  カルインダヨ!



平成 19 年 12 月 5 日 ( 水 ) 掲載
令和 5 年 11 月 25 日 ( 土 ) 改訂


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