伝承之蔵

西行戻しの松 2
松島町/松島/犬田

   昔、 西行 が、京の都から 松島 に向かって旅をしている途中、 長老坂 にあった大きな松の下で、休憩したことがあった。ちょうど、そのとき、草を刈っていた子供が西行に近づいてきたので、西行が、その子供をからかってやろうと思い、「 月にそふ 桂男の かよひ来て 薄ならむは 誰が子なるらん( 月に寄り添うように、毎晩、美男子が通って来るうち、穂が膨らんでいる薄のように妊娠したのは、どこの娘さんなんでしょうね ) 」と、歌を詠って聞かせ、「 どうだ?この歌の意味がわかるか?子供には、大人の世界のことは、ちょっと難しいかな 」と言って、大声で笑ったところ、すぐに、その子供は、「 雨もふり 霞もかかり 露もふる はらむすすきは 誰が子なるらん( 自然の草木には、雨も降りそそぎ、霞もかかり、露も置くでしょう。それと同じように、美しい女性には男性が群れるものです。穂が膨らんでいる薄のように妊娠したのは、どこの娘さんなんでしょうね ) 」と返歌し、ニヤッと笑った。

   驚いた西行が、その子供に、「 おまえは、ただの子供ではあるまい。これから、どこに行くんだ? 」と聞くと、その子供は、「 冬萌えし 夏枯れ草を 刈りに行く( 冬に芽が出て、夏に枯れ草になる“ 麦 ”を刈りに行くところです ) 」と答えたのだが、西行には、その歌の意味がわからなかったので、「 冬、萌える…。夏、草が枯れる…。普通は逆じゃないか…。いったい、どういう意味だ? 」と、しばらく考えていると、その子供は、「 ねぇ、おじちゃん。松島は天下の霊場だよ。優秀な歌人が多くいるんだから、のこのこ行って恥をかくよりも、このまま帰った方がいいんじゃない 」と言って、長老坂を下っていった。そのため、西行は、「 あんな子供にも勝てないなんて…。さすがに、松島は天下の霊場だ… 」と思い、長老坂から松島には向かわずに、休憩していた松の木から京の都に向かって帰ったので、いつしか、里人たちは、この松のことを、“ 西行戻しの松 ”と呼ぶようになったという。

参考 『 利府町誌 』
現地で採集した情報


現地レポート

これが、長老坂。



長老坂の近くに、西行戻しの松公園という公園があり、そこに、西行戻しの松がある。



案内にしたがって行く。



これが、西行戻しの松。



柵があるので、すぐに分かる。



これは、近くにあった説明文。



これは、西行戻しの松公園からの風景。利府町誌には、「 この西行の天狗鼻を折った牧童は 宮千代 と伝えられている。宮千代とは松島五大堂の北の坊にいた稚子で容顔美しく、十二、三才の頃 見仏上人 に随って法華を誦し教えざるに自ら覚えて 倦む ことがないと言われる程の大神童でたった。里人は山王様の生れ変りだと畏敬していたということである 」とある。明らかに誤りとわかる部分もあるが、原文のまま記述した。


平成 19 年 12 月 17 日 ( 月 ) 掲載
令和 5 年 11 月 27 日 ( 月 ) 改訂


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