伝承之蔵

なぜ、樋の口には火災がないのか?
南三陸町/歌津/樋の口

   昔、ある坊主が、 田束山 で修行をしていたのだが、その修行は、 藤蔓 などにつかまり、断崖を少しずつ下りていく荒行であった。ある日、いたずら半分で 小泉 が、その坊主がつかんでいた藤蔓を で切ると、命綱を切られた坊主は、断崖の下を流れていた川に転落して激流に流され、偶然、川岸の木の根にひっかかってとまったところを、川岸にいた 樋の口 の樵に助けられた。樋の口の里人たちに必死に介抱された坊主であったが、「 ありがとう…、ありがとう…。しかし、私は、もう助かりません。せめてもの御礼に、今後、樋の口に火災がおこらないようにいたします 」と言い残すと、最後の力をふりしぼって経文を唱えた後、里人たちに見守られながら死んでしまった。そして、この坊主を不憫に思った樋の口の里人たちが、その坊主を懇ろに弔ったところ、その坊主を助けた樋の口には火災が一度もおこらなかったのだが、鉈で藤蔓を切った樵が住んでいる小泉は、何度も何度も火災にみまわれたという。

参考 『 歌津町史 』
現地で採集した情報


現地レポート

この伝承の坊主の墓が、この山の中にある。赤い矢印が、山への入口。



これが、この伝承の坊主の墓。里人たちには、“ 坊ァ墓 ”と呼ばれている。因みに、坊ァ墓とは、坊主の墓という意味である。


上の写真を見ると分かるが、この地蔵の首は切断されている。歌津町史によると、 元治慶応 の頃、「 地蔵の頭部を持っていれば、博打に勝つことができる 」という迷信があったため、この里の博打うちが、この地蔵の頭部を持ち去ってしまったとのこと。


平成 17 年 10 月 14 日 ( 金 ) 掲載
令和 6 年 2 月 9 日 ( 金 ) 改訂


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