伝承之蔵

歌津の河童 2
南三陸町/歌津/伊里前

   昔、この里に、 幸右衛門 という者が住んでいたのだが、ある日、幸右衛門は、小泉大橋の近くで気持ちよさそうに昼寝をしている河童を見つけ、「 あいつが、この里に棲んでいる河童の元締めか。少し、からかってやろう 」と思い、その河童の顔に小便をかけた。これに激怒した河童は、幸右衛門に復讐してやろうと、数日後、美しい女性に化けて幸右衛門に近づき、「 すいません…、この手紙を 西光寺 で働いている私の姉に届けてほしいのですが… 」と御願いしたところ、その女性の色気につられた幸右衛門は、「 いいですよ。ちょうど、西光寺に用事があったんです 」と答えて、その手紙を受け取った。

   その手紙を西光寺に届ける途中、幸右衛門は、「 妹が、あんなに美人なんだから、姉は、もっと美人なんだろうなぁ。手紙には、なんて書いてあるのかなぁ〜 」と、手紙の内容が気になりだし、とうとう、その女性に無断で手紙を読んでしまった。すると驚いたことに、その手紙には、「 この男は、おれの顔に小便をかけた。この男を殺して肝を食べてしまえ 」と書いてあったので、「 そうか、あの河童だったのか。それなら、これでどうだ! 」と思った幸右衛門は、その手紙を捨てて、「 おれは、この男に、たいへん世話になっている。たくさん美味しいものを食べさせて、お土産に金銀財宝を与えてくれ 」と書いた新しい手紙を、西光寺で働いている河童に届けた。すると、その手紙を読んだ西光寺で働いている河童は、幸右衛門を山海の珍味でもてなしたうえ、両手で持てないくらいの金銀財宝をわたした。その後、騙されたことに気がついた河童たちは、「 とてもじゃないが、知恵では人間に勝てない… 」と悟り、人間を騙すことをやめたという。

参考 『 歌津町史 』
現地で採集した情報


現地レポート

河童には、さまざまな種類があり、堤に棲んでいる河童は“ 堤河童 ”、沼に棲んでいる河童は“ 沼河童 ”、川に棲んでいる河童は“ 川河童 ”と呼ばれていた。昔、歌津にも、これらの河童が棲んでおり、その河童たちの元締めが、小泉大橋の袂に棲んでいた川河童であったという。上の写真が、小泉大橋。


これが、西光寺の入口。



これが、西光寺の本堂。



平成 22 年 9 月 2 日 ( 木 ) 掲載
令和 6 年 2 月 14 日 ( 水 ) 改訂


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