伝承之蔵

練牛の由来
美里町/練牛

   昔、 源満仲 が陸奥を視察したとき、里人たちは、疫病の流行により、たいへん苦しんでいた。そのため、心を痛めた満仲は、陸奥の各地に薬師神社を建てて、里人たちの健康を祈願したのだが、この里に建てられた薬師神社は、 永延 二年( 子の年 )に工事を始め、翌年の 永祚 元年( 丑の年 )に完成したものであった。そのため、里人たちは、この薬師神社を、“ 子と丑の年に完成した薬師様 ”と呼んでいたのだが、いつしか、里人たちは、この子と丑の年に完成した薬師様のことを、“ 子丑の里の薬師様 ”と呼ぶようになった。その子丑の里の薬師様が、後に、 “ ねうし ”となり、さらに、“ 練牛=ねりうし ”になったという。

参考 『 南郷村誌 』
現地で採集した情報


現地レポート

これが、薬師神社の鳥居。



これが、薬師神社の本殿。



これは、近くにあった説明文。



これも、近くにあった説明文。



平成 18 年 12 月 30 日 ( 土 ) 掲載
令和 5 年 12 月 29 日 ( 金 ) 改訂


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