蔵人石 |
美里町/和多田沼/上屋敷 |
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寛永 十六年、第三代の涌谷城主である 伊達定宗 の息子、 伊達宗実 が亡くなったため、 継嗣 に関して、重臣たちの会議が開かれた。その会議では、宗実の弟である 伊達宗重 を継嗣とすることが決定したのだが、 結城蔵人 という重臣だけは、「 宗重は気性が荒々しいので、涌谷城主の器ではない! 」と、断固として反対した。その後、宗重が第四代の涌谷城主になると、ことあるごとに、蔵人が宗重に反抗するようになったので、宗重は、「 改心させるため、しばらくの間、蔵人を座敷牢に入れよ! 」と、家来に命令した。 数十日後、宗重は、「 改心しているようであれば、そろそろ、蔵人を許してやろう 」と思い、蔵人の座敷牢を訪ねたのだが、宗重が、「 蔵人よ、どうだ? 」と声をかけたにもかかわらず、蔵人は、「 『 どうだ? 』だと!どんなものだか、おまえも牢に入ってみればわかる! 」と、改心のかけらもなかったので、さすがの宗重も激怒し、ただちに、蔵人を槍で突き殺した。その後、蔵人の屋敷の門前にある大きな石に蔵人の霊がとりついて、次々に不思議な現象をおこすようになったので、いつしか、里人たちは、この石のことを、“ 蔵人石 ”と呼ぶようになったという。
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現地レポート |
![]() 平成 18 年 12 月 30 日 ( 土 ) 掲載
令和 5 年 12 月 31 日 ( 日 ) 改訂
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