棺の中の死体は誰なのか? |
美里町/練牛 |
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昔、この里には、 練牛四號圍 と呼ばれる地域があり、 明治 初期ごろは、 上寺 ・ 下町 と呼ばれていた。明治三十五年、そのあたりの土地が整備され、立派な田になったのだが、土地を整備している途中、上寺から石畳の井戸が発見され、さらに、その近くから九つの朱塗りの棺が出土した。その棺の中には、黄金の煙管・黄金の念仏鐘・ 藤原道継 の名が刻まれた鏡・古銭などが入っていたのだが、不思議なことに、この黄金の煙管と念仏鐘は、棺の中から出された瞬間、真鍮に変わってしまったという。
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現地レポート |
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平成 19 年 1 月 8 日 ( 月 ) 掲載
令和 6 年 1 月 2 日 ( 火 ) 改訂
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