伝承之蔵

菅生の由来
村田町/菅生/宮

   延暦十九年、蝦夷の平和を願った坂上田村麻呂が、この里に、ある神社を建立した。その神社の近くには池があり、その池の周辺に多くの菅が生い茂っていたので、里人たちは、この菅を刈り取って乾かしてから編み、敷物として神社に奉納した。そのため、いつしか、里人たちは、この里のことを、 “ 菅生 ” と呼ぶようになったという。

参考 『 村田町史 』
現地で採集した情報


現地レポート

これが、この伝説の 菅生神社



これが、菅生神社の本殿。



当時、この神社の境内に七本の萱の木が植えられ、そのうちの二本が大正時代まで残っていたのだが、その後、一本が焼失し、残る一本も昭和五十年三月に伐採されてしまった。


平成 18 年 1 月 29 日 ( 日 ) 掲載
平成 27 年 3 月 15 日 ( 日 ) 改訂
令和 4 年 1 月 17 日 ( 日 ) 改訂


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