伝承之蔵

尾浦御殿の恋物語
女川町/尾浦/尾浦

   昔、未曾有の豊漁となり、この里が好景気に酔いしれていたとき、豊漁の御礼として 尾浦御殿 に鐘を奉納することになったのだが、その鐘の製作を、福島県の 梁川 に住んでいた有名な鐘師に依頼した。その鐘師は屋敷を与えられ、食事・掃除・洗濯などは、隣家の娘の世話になりながら鐘の製作に励んでいたのだが、いつしか、鐘師は自分に尽くしてくれる隣家の娘に、そして、隣家の娘は里のために一生懸命に鐘を製作している鐘師に、ほのかな恋心を抱くようになった。多くの里人たちが総出で鐘の製作を手伝い、半年後、やっとのことで鐘が完成したとき、里人たちは涙を流して鐘師に感謝し、その鐘の音を、この里に鳴り響かせた。しかし、梁川に帰る日が近くなった鐘師の寂しさはたいへんなもので、特に、この半年間、自分の身のまわりの世話をしてくれた隣家の娘との別れは、その鐘師にとって大きな悲しみとなっていた。

   別れの日、里人たちは、鐘師を梁川まで送るために二人の若者をつけ、隣家の娘を含む五〜六人の女性を 御殿峠 まで見送りに行かせた。御殿峠では、鐘師と女性たちの間で、「 ありがとうございました。体を大切にしてくださいね 」など、いろいろな言葉が交わされたのだが、隣家の娘だけは、「 さようなら… 」と言った後、悲しみに耐えきれず、顔に布をあてて横を向いたまま泣き出してしまった。それを見た鐘師は、彼女の肩に手をかけ、「 どうか、私のことは諦めてくれ。私も、あなたのことを諦めるから。どうか、泣かないでおくれ… 」と言って慰め、涙を流しながら梁川に向かって旅立った。そのため、いつしか、この里では、次のような民謡が歌われるようになったという。

尾浦御殿の 鐘つけば 伊達の梁川 思い出す 尾浦御殿の サイカチの木は 花が咲けども 実がならぬ( 羽黒神社の鐘をつくと、あの娘さんが、愛しい梁川の鐘師のことを思い出してしまうよ。羽黒神社のサイカチの木は、花が咲いても実がならない。それと同じように、あの娘さんと鐘師の恋も、相思相愛にもかかわらず、とうとう実らなかったね )

参考 『 女川町誌 』
現地で採集した情報


現地レポート

これは、この伝承に関連している場所の全体図。この伝承の娘に関してであるが、鐘師と別れた後、いろいろな場で噂になったのだが、もともと、心の優しい女性だったので、話題にはしても誰一人として嘲ることはなく、同情的に話をしたという。 余談ではあるが、ウェブサイト 「 ヤマレコ 」(ここをクリック)によると、御殿峠まではハイキングコースになっているとのこと。


これは、羽黒神社の鳥居。



これは、羽黒神社の拝殿。女川町誌によると、この伝承の鐘は現存していない。太平洋戦争の時に徴収されてしまったとのこと。


この伝承の民謡は、牡鹿半島に伝わる 遠島甚句 という民謡の歌詞の一部らしい。因みに、私は、音楽に関してはトンチンカンのド素人である。自慢ではないが、小学校・中学校を通して最低の成績であった。1つの伝承を知るためには、その背後にある多くの歴史を知らなければならない。伝承の地を探訪していてつくづく思うのだが、小学校・中学校の勉強を、もっとしっかりやっていれば良かったと思う。なぜなら、より充実した人生を送るための基礎中の基礎になるからである。小学生・中学生の諸君!私のような大人にならないように、今、しっかりと勉強しなさい!今の苦労は、将来、必ず、あなたを幸福にするのだから。


平成 21 年 7 月 12 日 ( 日 ) 掲載
令和 6 年 1 月 25 日 ( 木 ) 改訂