赤坂長者 |
大河原町/金ケ瀬/台部 |
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昔、この里の、ある山に、ある長者が住んでいた。その長者の敷地は山一帯に及び、敷地にある蔵の中には、おびただしい量の小豆が蓄えられていた。ところが、ある年、長者の勢力が急に衰え、長者が亡くなると同時に一家は離散し、蔵の中にあった小豆が、そのまま腐って土になり、この山一帯が小豆色に染まった。そのため、里人たちは、この山のことを、 “ 赤坂山 ” と呼び、この長者のことを、 “ 赤坂長者 ” と呼ぶようになった。 赤坂長者が生きていたとき、長者は、黄金や漆など、多くの宝を持っていたのだが、長者の死後、長い間、その宝の所在が不明になっていた。長者の一族が離散したとき、誰かが宝を持ち出したという話も聞かなかったし、他の里で長者の一族が贅沢な生活をしているという話も聞かなかったので、里人たちは、 「 きっと、その宝は、赤坂山のどこかに隠されているに違いない 」 と噂した。 しばらくすると、昔、赤坂長者の家人をしていた男が詠んだとされる、 「 朝日さし、夕日輝くその所、四つ葉空木のその下に、漆万杯黄金億々 ( 朝日がさし、夕日が輝く場所に、四枚の葉が生えている空木の木がある。その木の下に、たくさんの漆と莫大な黄金が埋まっている ) 」 という謎めいた歌が、里人たちの間でささやかれるようになった。 「 これは、赤坂長者の宝のありかを暗示している歌だ ! 」 と思った里人たちは、宝を自分のものにしようと、必死になって探したのだが、誰も宝を発見することができなかったので、しだいに宝を探そうとする者はいなくなっていった。 しかし、今から約百五十年前、金ヶ瀬の 大山家家 の主人が、馬を引いて朝の草刈りに出かけたところ、突然、その馬が逃げ出したことから状況が一変する。主人は、昼ちかくまで馬を探したのだが、とうとう、発見することができず、しかたなく、探すのを諦めて屋敷に帰った。ところが不思議なことに、翌日、その逃げた馬が、何事もなかったかのように、トコトコと主人の屋敷に帰ってきた。 その馬は、たいそう気持ちよく野山を駆け回ったらしく、体中が汚れていて、特に後ろ足が、たいそう汚れていた。しかし、主人が、 「 なぜ、後ろ足だけが特に汚れているんだ ? 」 と不審に思って、よくよく、後ろ足を見てみると、汚れているのではなく、赤い漆が、べったりとついていた。 この話が里中に伝わると、里人たちは、 「 馬が山の中を駆け回っているうちに、土の中に埋まっている赤い漆の入った瓶の蓋を踏み抜いたんだ ! やっぱり、赤坂長者の宝の話は本当だ ! 」 と噂し、再び宝さがしに熱狂したのだが、ついに、誰一人として宝を発見することはできなかったという。
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現地レポート |
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赤い矢印が、赤坂山。
これは、赤坂山の入口。
かなり広い範囲で土が赤くなっている。
平成 26 年 2 月 5 日 ( 水 ) 掲載
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