伝承之蔵

アサイナサブロウ、弱者のために奮闘す !
大郷町

   昔、このあたりの人間たちは群れを作って狩猟をし、獲物を追って新たな土地に移動するという厳しい生活をしていた。その群れの中に、アサイナサブロウという若者がいたのだが、たいへん心の優しいアサイナは、自分たちの罠にかかった獲物でさえ、 「 かわいそうで、とても殺すことができない ! 」 と言って、すべての獲物を逃がしてしまうのであった。ある日、優しすぎるアサイナに激怒した群れの者たちは、 「 この役立たずが ! お前のような人間は谷に行け ! 」 と叫んで、アサイナを谷に置いて、新たな獲物を追って他の土地に移動してしまった。この “ 谷 ” というのは、群れの者たちが、足手まといになる老人や病人を捨てる谷のことであり、あとは死を待つだけという悲しい場所であった。

   群れの者たちに捨てられたアサイナであったが、谷の者たちは、たった一人の若者であるアサイナを優しく迎えた。ある日、ある里に住んでいる娘が谷に来て、自分たちの里では、みんなで定住して、 “ 米 ” というものを作っていると谷の者たちに話した。それを聞いた谷の者たちは、 「 米さえあれば、若者たちが獲物を追って土地を移動する必要がなくなる。若者も老人も病人も、みんなで一緒に生活することができるぞ 」 と思い、米を作ることを決心したものの、老人と病人しか住んでいない谷で頼りにできるのは、アサイナだけであった。

   その日から、アサイナは、谷の者たちのために田圃を作ろうと一生懸命に働いたのだが、しばらくすると、アサイナの体に異変が起こり始めた。アサイナの体が、まるで火のように熱くなってきたので、心配した谷の者たちが、 「 アサイナよ … 、火の玉でも飲んだのか ? 」 と言いながらアサイナの体に触ると、その手が火傷するほど体が熱くなっていた。その後、アサイナの不思議な力によって谷には多くの田圃ができ、稲穂が実る秋には、金色の波を思わせるような幻想的な風景が描き出された。そして、不思議なことに、この美しい風景を見た老人や病人たちが元気を取り戻し、体を動かして田圃で働くようになった。

   ところが、ある年の秋、突然、黒い雲が谷を覆ったかと思うと、激しい雨が降ってきた。そして、その雨は三日三晩も降り続き、四日目には、すべての田圃を水没させてしまったため、 「 せっかく作った米が消えていく … 」 と、谷の者たちは悲痛な声をあげたのだが、その翌日、驚いたことに、今度は空から雨のように土が降ってきた。その土の雨を降らせているのがアサイナだと知った谷の者たちが、 「 アサイナ 〜 ! どういうことだ 〜 ! 」 と呼びかけてみると、 「 谷の田圃は、おれが守る ! 今、雨が降って洪水になったときに、その水を逃がすことができる大きな沼を作っている。そのために、土を掘っているところだ 」 と、はるか雲の上からアサイナの声が聞こえてきた。掘った土を運んで山が一つできるたびにアサイナの体は大きくなり、とうとう、雲を突き抜けるまで大きくなってしまっていた。その大きな体で掘り出した土を タンガラ に入れて運び、ドカ 〜 ッと捨てていた場所に土が積もって、やがて、七つの山ができた。その後、大きな沼を作り終えたアサイナは、強い風を巻き起こしてからドタッと倒れ、しばらくすると、その体がバラバラになって空に飛び散り、それぞれの破片が一つの小さな山になったという。

参考 『 おおさと 昔かだり 』
現地で採集した情報


現地レポート

この伝説のアサイナサブロウは、鎌倉時代の武士である 朝比奈三郎 をモデルにしたと推量でき、 大和町富谷町 にも同様の伝説が残っている。新訂 富谷町誌には、 「 おそらく朝比奈三郎以前に山をすみかにしていた山人がいて、麓のマタギで力の強い者が山人との戦いに勝ち、それがたまたま朝比奈三郎の豪勇ぶりに譬えられて今日に伝えられたものではないかといわれている 」 とある。因みに、この伝説の中に登場する七つの山が、現在の 七つ森 であり、アサイナが、タンガラに付いていた土を最後にはらった時にできたとされる山が、七つ森の横にある タンガラ山 という小さい山である。


上の写真が、大和町にある七つ森とタンガラ山。タンガラ山は、 “ たがら森 ” とも、 “ たんがら森 ” とも呼ばれている。左から、@ 笹倉山大森山 )A 松倉山 B 撫倉山 C 大倉山 D 蜂倉山鉢倉山 )E 鎌倉山 F 逐倉山 Gタンガラ山。


アサイナが土を掘った時にできた穴に水が溜まって 品井沼 になり、土を捨てる為にタンガラを背負って歩いた跡に水が流れ込んでできた川が、現在の 吉田川 だという。 ウェブサイト「Google」より画像を引用させていただきました。


七つ森の配置図と標高。 ウェブサイト「大和町」より画像を引用させていただきました。


平成 27 年 10 月 9 日 ( 金 ) 掲載