伝承之蔵

三毛猫の恩返し
大郷町/不来内/泉田

   昔、この里にある 泉永寺 に、日々の修行の他に学問にも励んでいた 玄契 という七十歳を過ぎた住職がいた。玄契は独り暮らしだったため、野良猫であった一匹の三毛猫を飼い、たいそう可愛がっていたのだが、毎年のように干ばつや水害が続き、里人たちの生活は困窮。玄契も一日に一膳の雑炊でしのぐほど生活が困窮し、その後、その猫に与える餌にも困るようになってしまった。そのため、ある夜、玄契は猫に、 「 三毛 … 、もう、お前に与える餌が無くなってしまった。恥ずかしいことを言うようだが、これからは、野良猫になって生きてくれ … 」 と、涙ながらに別れを告げ、自らも寺を出て、修行僧となる決意をした。

   ちょうどそのとき、隣の里に、ある長者が住んでいたのだが、その長者の娘は、とても学問が好きだったので、泉永寺で玄契に教えをこうことになった。野良猫になる寸前だった猫も、娘が寺に通うようになってからは、その弁当を分けてもらって生活できるようになった。すっかり娘の優しさになついた猫は、娘が寺に来たときには玄関で出迎えて歓迎し、帰るときには山門まで見送って、その別れを惜しむようになった。

   ある日、娘に縁談が持ちあがり、婿を迎え入れることになったとき、学問に励みたかった娘は両親に、 「 私は、まだまだ学問がしたいので、どうか、この縁談はなかったことに … 」 と願い出たのだが、 「 だめだ ! この結婚は、もう決まったことだ 」 と言って、まったく聞き入れてもらえなかった。そのため、いよいよ明日は結納という日の夜、娘は、そっと屋敷を抜け出し、屋敷の近くにあった沼に身を投じて自殺してしまった。

   その数日後、娘の葬式では、里の道には多くの弔旗が立てられ、 野辺送り の列が続いたのだが、不思議なことに、ある一本杉の下にさしかかったとき、娘の遺体が入っている棺がフワリフワリと浮き上がり、その杉の木の梢に吊り下げられてしまった。その場にいた位の高い僧たちが必死に呪文を唱えたのだが、まったく効果がなくて困っていたところ、誰が言うともなく、 「 玄契を呼べ … 」 との声が上がった。色のあせた衣を身にまとった玄契が現われ、その杉の木の下で静かに呪文を唱え始めると、不思議なことに、娘の棺が静かに地面まで降りてきたため、長者たちは安心し、無事に娘の葬式をすませることができた。里人たちは、 「 寺に棲みついて娘になついていた猫が、不思議な力を使って娘と玄契に恩返しをしたんだ ! 」 と噂し、その後、玄契は、里人たちから尊敬される存在になったという。

参考 『 おおさと 昔かだり 』
現地で採集した情報


現地レポート

これが、泉永寺の山門。



これが、泉永寺の本堂。玄契は、泉永寺の六代目の住職である。また、泉永寺には、玄契が描いた涅槃像が残されていて、毎年、二月十五日に御開帳されている。


余談ではあるが、現在の住職が、 「 今度、泉永寺に関する講演をするので、その為の資料を作成したところです。宜しかったら一部どうぞ 」 と言って、資料をくださった  (ここをクリックすれば当該記事を閲覧できます) 。


平成 27 年 11 月 13 日 ( 金 ) 掲載


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