伝承之蔵

長者の娘と白い犬
大郷町/土橋/宮林
大郷町/鶉崎/大小寺

   昔、この里に、酒造りで財を成した長者が住んでいた。その長者の夫婦には一人娘がいたのだが、とても美しく心の優しい娘であった。ある日、親子三人で御伊勢参りに出かけ、無事に御参りをすませた帰り道、どこからともなく現われた一匹の白い犬が、この親子の後ろについてきた。そして、その犬が娘になついたので、長者は、この犬を屋敷で飼うことにした。

   ある年、あることを祈願するため、長者の娘を 人身御供 にすることになったのだが、娘を人身御供にする三日前の夜、その犬が長者の夢に現われ、 「 私を人身御供にしてください。どうか、恩返しをさせてください 」 と言って姿を消した。そのため、長者は、里人たちと相談した後、犬を娘の身代わりとして人身御供にすることにした。

   犬を人身御供にした夜は、真っ黒な雲が空を覆って激しい雨が降り、長者の屋敷に集まった里人たちは、悲しみの表情で一夜を明かした。翌朝、長者と里人たちが犬を人身御供にした場所に行ってみると、一匹の大きな狸が血まみれで死んでいて、その横には、長者の娘が可愛がっていた犬が、哀れな姿で死んでいたという。

参考 『 おおさと 昔かだり 』
現地で採集した情報


現地レポート

この伝説の犬の死骸は 土橋 にある 二渡神社 へ、そして、狸の死骸は 鶉崎 にある諏訪神社へ埋葬されている。おおさと 昔かだりによると、祟りを恐れた鵜崎の里人たちは、毎年、猪の首を二つ御供えしていたのだが、その後、里に猪がいなくなった為、雉の首を二つ御供えするようになった。さらに、その後、藁で大蛇を作って御供えするようになったという。


これが、二渡神社の鳥居。



これが、二渡神社の本殿。



これが、諏訪神社の入口。



これが、諏訪神社の本殿。



この伝説の犬と狸の戦いは、里人たちが、 “ 館の山 ” と呼んでいる場所であった。上の写真の赤い矢印がそれ。古老の話によると、 「 昔、あの山に、館山城という城があった。私たちは、あの山の周辺一帯を指して館の山と呼んでいます 」 とのことである。


余談ではあるが、私が諏訪神社を探していた時、畑仕事をしていた古老に、おおさと 昔かだりを見せ、 「 この本に書かれている諏訪神社を探しているのですが、ご存じでしょうか ? 」 と聞いたところ、詳細な答えが返ってきた。 「 ずいぶん詳しい古老だなぁ … 」 と思い、私が、 「 詳しいですね 」 と言うと、 「 えぇ、私が書いた本ですから ♪ 」 とのこと。偶然にも、その古老は、おおさと 昔かだりの著者の一人である 高橋辰雄 さんであった。高橋さんの話によると、昔、この里の旧家であった屋敷が火事になり、江戸時代に収集された民話に関する古文書が、ほとんど焼失してしまったとのことである。その後、その旧家が没落して里を去る際、その時に焼け残った古文書、 「 法華壇 = ほっけだん 」 他二点を高橋さんに残していった。まだ未発表の民話とのことなので、 「 ぜひ、原文も含めて書籍にして欲しい 」 と伝えて、高橋さんの畑を後にした。


平成 27 年 12 月 4 日 ( 金 ) 掲載


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