伝承之蔵

豆坂
大郷町/味明/大豆坂

   昔、馬に豆俵を乗せて運んでいる若い娘が、ある坂にさしかかったとき、突然、山賊たちが襲ってきた。困った娘が刃物で豆俵を切り、ザーッ ! ザーッ ! と豆を撒き散らしたところ、坂を流れ落ちてくる豆を踏んだ山賊たちはスッテンコロリン。その間に娘は馬に乗って逃げ、間一髪で命が助かった。そのため、いつしか、里人たちは、この坂のことを、 “ 豆坂 ” と呼ぶようになったという。

参考 『 おおさと 昔かだり 』
現地で採集した情報


現地レポート

残念ながら、この豆坂は現存していない。 大豆坂 という地名が残っているのみである。



これは、大豆坂溜池。この溜池を整備した時、豆坂は消滅してしまった。



おおさと 昔かだりには、 「 むかし、中村から田布施まで行くのに山越えしていった。沢がジメジメするので山の上の方を通っていた 」 とある。上の写真のA点とB点とC点とD点を結ぶ線が道になっており、現在、A点はJAになっていて、B点は松島国際カントリークラブになっている。古老の話によると、この道の道幅は約2メートルで、荷物を引いた馬がギリギリ通れる程度だったという。


上の写真は、前出のD点の周辺。平地から約100メートルほど山に上った場所に道があった。私が古老に、 「 なぜ、平地に道を作らなかったのですか ? 」 と聞いたところ、 「 現在は整備されていますが、昔は排水が悪く、だいぶ泥濘んでいました。その為、 泥濘んで いる場所から約100メートル離れた高い場所に道を作ったんです 」 とのこと。


上の写真は、前出のC点の周辺。おおさと 昔かだりに記述されている山とは、この山のこと。当時は、この山を越えて荷物を運んだ。 「 平地から約100メートルほど山に上った場所に道があった 」 という古老の証言から、赤丸のあたりに豆坂があったと推量できる。


衛星写真で見ると、こんな感じ。



平成 27 年 12 月 17 日 ( 木 ) 掲載


地図