伝承之蔵

葦毛馬ヶ淵
大郷町/大松沢/宮畑

   昔、この里に、里人たちから慕われていた 八郎左衛門 という殿様がいた。里人たちは、八郎左衛門の政治によって平和に暮らしていたのだが、ある年、この里を占領しようとした軍隊が攻めてきた。八郎左衛門と家来たちは、その必死の応戦もむなしく、ついに城に追いつめられ、敵の大軍に包囲されてしまった。

   すると、西の方角から、白い直垂を着た美少年が葦毛の馬に乗って現われ、たった一人で敵の大軍の中に斬り込んだかと思うと、その獅子奮迅の戦いによって、敵の大軍を総崩れにして敗走させた。そして、その若者と馬は、歓喜している八郎左衛門と家来たちを素通りして、 箭楯神社 に入っていった。

   これを見た八郎左衛門は、 「 あの若者は、箭楯様だ ! そして、あの葦毛の馬は、御神馬様だったんだ ! 」 と叫び、涙を流しながら合掌した。その後、すぐに、葦毛の馬だけが神社から出てきて、近くを流れている川の淵の中に姿を消したので、いつしか、里人たちは、その馬が姿を消した淵のことを、 “ 葦毛馬ヶ淵 ” と呼ぶようになったという。

参考 『 おおさと 昔かだり 』
現地で採集した情報


現地レポート

これが、箭楯神社の鳥居。



この坂を上っていく。



これが、箭楯神社の拝殿。



これが、箭楯神社の本殿。



おおさと 昔かだりに、 「 新掘川 のそのあたりを “ 葦毛馬ヶ淵 ” と呼ぶようになり … 」 との記述があったので、これに関して里人たちに聞いてみたところ、 「 葦毛馬ヶ淵 ? ん 〜 、聞いたことないなぁ … 。この川は、今までに三回も改修工事をしています。その淵が実在のものであったとしても、現存していないと思いますよ 」 とのことであった。因みに、おおさと 昔かだりによると、この伝説の後、この里では、葦毛の馬を飼うことが禁じられたという。


平成 28 年 4 月 6 日 ( 水 ) 掲載


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