伝承之蔵

圓城寺の幽霊
利府町/利府/大町

   昔、この里に、軍という二十五歳の若者が住んでいた。ある小雨の降る夏の夜、用事をすませた軍さんが屋敷に帰る途中、ふと、 圓城寺 の墓地の方に目をやると、大きな杉の木の下に、青白い炎が、ボボッと燃えているのが見えた。しばらくの間、軍さんが炎を見ていると、その炎は、大きな火の玉となって軍さんに近づいてきたので、驚き恐れた軍さんは、全身が震えて動けなくなり、傘をさしたまま立ちすくんでしまった。すると、その火の玉が、軍さんの持っていた傘を、すれすれに横ぎって、近くにあった梅の木にとまったため、軍さんが、恐る恐る、梅の木を見てみると、そこには、六十五 〜 六歳くらいの白衣を着た男がいた。その男は、顔も手も青白く痩せこけ、左手は梅の木の梢につかまり、右手は力なくブラリと下がっていて、しかも、腰のあたりから下は、次第に薄くなって、足は二本とも消えていた。また、乱れた髪の毛が雨に濡れていて、落ち窪んだ目は、恨めしそうに軍さんを睨んでいた。軍さんが、恐怖のあまり声を出すこともできず、ただただ震えていると、しばらくして、ボッと幽霊の姿が消えたかと思うと、その幽霊は火の玉に変わり、ヒューヒューと音をたてて飛んでいってしまった。軍さんは、すぐに、その場を逃げ去り、一目散に屋敷に帰ったのだが、軍さんの異常な様子に、驚いた家族の者たちが、「 どうしたんだ! 顔が真っ青だぞ! 」と叫んで心配しても、しばらくの間、軍さんは、体をブルブルと震えさせたまま、何も話すことができなかったという。

参考 『 利府町誌 』
現地で採集した情報


現地レポート

これが、圓城寺の入口。



これが、圓城寺の本堂。利府町誌には、「 利府大町の中頃から館に通ずる横丁の道は、今も昔も同じで入( 富士渓家 )の田、元は屋敷つづきの畠であった。古木の梅が道端へぐっと斜に幹をあらわしていた。また道の東側も畠で二町程彼方に円城寺墓地の古い杉林の中に墓石が見えたりして、昼間でも陰気な細横丁であった。時は明治の初年頃であったから、今の利府町公民館や利府小学校の校舎などはまだまだ建ってなかった。次の話は故人となったが、明治 ・ 大正にわたって利府の消防の幹部であり組頭までも勤めたことのある人の話で幽霊を見た人の実話である 」とある。


これは、歴代の上人の墓。



これは、水子地蔵。



まぁ、可愛らしい♪



平成 21 年 10 月 16 日 ( 金 ) 掲載
令和 5 年 8 月 16 日 ( 水 ) 改訂


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