伝承之蔵

久蔵を襲った者の正体は?
利府町/利府/八幡崎前

   明治 時代の初期、この里に、 久蔵 という者が住んでいた。ある年の正月、久蔵が用事をすませて屋敷に帰る途中、追分の碑のあたりで、遠くから、黒い服を着た二人の大入道と、荷物を背負っている一人の小さな男が、久蔵の方に近づいてくるのが見えた。そのため、久蔵は、その三人とすれ違いそうになったとき、左側によけたのだが、大入道たちは、その方へ寄ってきた。そこで、今度は、右側によけたのだが、大入道たちも、その方へ寄ってきた。そうこうしているうちに、久蔵は、大入道たちの足を踏んでしまった。すると、大入道たちは、「 この野郎! こんな広い道で、人の足を踏むとは、どういうことだ! 」と因縁をつけ、道の近くにあった古い杭に、久蔵を縛りつけ、一緒に連れてきていた小さな男に、「 おれたちが戻ってくるまで、こいつが逃げないように見てろ! 」と叫ぶと、大入道たちは去っていった。

   久蔵は、「 あの大入道たちには勝てないが、この小さな男だったら勝てる 」と思い、手の縄をほどいて、その男に殴りかかったのだが、不思議なことに、この男は、信じられないほど身が軽く、一時間ほど追い回しても、一回も殴ることができなかった。そして、さすがの久蔵も、正月の寒さと疲労で、とうとう動けなくなってしまった。久蔵は、「 おかしい…、こんなことがあるものか。そうだ、これは、狐の悪戯だ。あの大入道は、本物ではない。あの小さな男こそ、本物だ! 」と思い、近くにあった木の棒を、その小さな男に向かって投げたところ、見事に棒が命中し、その男は、「 ゲェン! コンコン! 」と叫んで逃げていった。その姿を見た久蔵は、「 ざまあみろ! 」と笑っていたのだが、今、自分が、冷たい畦の上に倒れていて、瀕死の状態であるということを思い出し、「 ホーイ! ホーイ! 助けてくれ! 」と叫び続け、偶然、近くを通った里人たちに助けられて、九死に一生を得たという。

参考 『 利府町誌 』
現地で採集した情報


現地レポート

利府町誌には、「 明治の初め頃、利府本郷( 大町 )中頃に南部屋という家があった。そこに久蔵と呼ばれた五十才位の人が住んでいた。南部屋というから定めし南部( 岩手県 )から行商にでも来て利府に住みついた人らしい 」・「 久蔵は商用で岩切にいっての帰り途、神谷沢、菅谷を経て砂押川の橋を渡ったところ… 」・「 久蔵は屋田前の追分の碑( 青麻道と書いた里程の碑 )の近くまで来ると利府の方から来た二人の大男とすれ違う様になった 」とある。これらのことをまとめると、次の図のようになる。因みに、上の写真は、現在の砂押川。


つまり、「 明治初期、大町に南部屋という屋号の家があり、その家には、岩手県出身の50歳くらいの久蔵という者が住んでいた。久蔵が、岩切で用事を済ませての帰り途、神谷沢、菅谷を経て、屋田前の追分の碑あたりで、このトラブルに遭遇した 」ということである。しかし、残念なことに、この追分の碑を発見することはできなかった。


平成 21 年 10 月 24 日 ( 土 ) 掲載
令和 5 年 8 月 20 日 ( 日 ) 改訂


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