伝承之蔵

源義家の財宝
七ヶ宿町/関

   昔、 源義家 が、この里の山に館を建てて、滞在したことがあった。その後、義家は、「 三つ葉 空木の その下に、黄金千杯、漆千杯、朱千杯 」という言葉を残し、すべての財宝を埋めて、この館を去ったのだが、財宝を埋めた場所は極秘とされ、その場所を知る者は誰もいなかった。そのため、その財宝のことは、里人たちの記憶から少しづつ消えていったのだが、ある日、この里にある 関泉寺 で飼っていた馬が逃げ出し、夕方になって帰って来た馬の後足に、べったりと漆がついていたのを見た里人たちは、「 本当に財宝は埋まっているんだ! よし、全員で探すぞ! 」と叫び、必死に財宝を探し始めたのだが、いくら探しても財宝が発見されることはなかったという。

参考 『 七ヶ宿町史 生活編 』
現地で採集した情報


現地レポート

源義家が財宝を埋めたという山は、“ 八幡館 ”と呼ばれている。上の写真が、八幡館。七ヶ宿町役場の裏にある。



八幡館の頂上には、八幡神社がある。これは、八幡神社の鳥居。



急な階段を上る。



さらに、上る。



これが、八幡神社。



これは、頂上からの風景。七ヶ宿町史 生活編には、次のような記述がある。昭和九年ごろ、ある里人が、「 たくさんの財宝が、八幡館に埋められている 」という夢を見たのだが、次の日、偶然、この里に来た八卦置きに占ってもらったところ、その八卦置きが、「 某家から三町三十間の場所に、財宝は埋められている 」と言ったので、その里人は、「 ん〜、某家から三丁三十間というと、ちょうど、八幡館の一画だ。もしかすると… 」と思い、すぐに、その場所を掘り始めた。しかし、不思議なことに、その里人が土を掘り始めると、毎回、必ず、激しい雨が急に降ってきたので、結局、その里人は、財宝の発掘を断念したという。


因みに、これは、関泉寺の山門。



これは、関泉寺の本堂。



平成 19 年 4 月 29 日 ( 日 ) 掲載
令和 5 年 10 月 8 日 ( 日 ) 改訂


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