伝承之蔵

賽の河原の地蔵
七ヶ宿町/萩崎

   昔、現在の秋田県のあたりを治めていた殿様に、愛する三人の子供たちが次々に死亡するという不幸があり、失意のどん底に落とされたことがあった。ある日、その殿様が、参勤交代で江戸に向かう途中、偶然、この里にある河原で休憩をとったのだが、不思議なことに、死んだはずの三人の子供たちが近づいてきて、「 江戸までの道中、くれぐれも御無事で 」と、その殿様に伝えた後、姿を消した。そのため、その殿様は、家来を派遣して、この河原に地蔵を建て、自分の子供たちを供養したので、いつしか、里人たちは、この河原のことを、“ 賽の河原 ”と呼ぶようになったという。

参考 『 七ヶ宿町史 生活編 』
現地で採集した情報


現地レポート

里人たちは、白石川と横川が合流するあたりを賽の河原と呼んでいた。



この辺りが、賽の河原。大辞泉によると、賽の河原とは、「 死んだ子供が行く所といわれる冥途( めいど )の三途( さんず )の川の河原。ここで子供は父母の供養のために小石を積み上げて塔を作ろうとするが、絶えず鬼にくずされる。そこへ地蔵菩薩が現れて子供を救うという」とある。


七ヶ宿町史 生活編には、「 この地には地蔵が建てられ、小石が積み重ねられている 」とあるが、現在、賽の河原にあった地蔵は他の場所に移され、小石を積み上げるということもない。上の写真の赤丸が、賽の河原から移された地蔵。


これが、賽の河原の地蔵。



美しい地蔵菩薩が刻まれている。



平成 19 年 5 月 3 日 ( 木 ) 掲載
令和 5 年 10 月 8 日 ( 日 ) 改訂


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