伝承之蔵

指波城の秘密
色麻町/四竃/指浪

   昔、この里に、 指波城 という城があり、 安倍貞任 の家来である 安竃吉春 という武士が、その城を守っていた。指波城は、まわりを山に囲まれており、前面には指波沼という沼がある難攻不落の城だったため、 前九年の役のとき、源義家は、この里に家来を派遣し、何とか指波城の弱点を探させたのだが、どうしても弱点が見つからず、ずっと攻めることができなかった。

   ところが、ある日、一羽の白い鳥が指波沼におり、その鳥が沼の対岸まで歩いてわたっていることに気づいた家来が、「 ん?なんで沼の水面を歩くことができるんだ? 」と思い、沼に近づいて槍で水面を突いてみると、ドンッという音がしたので、不思議に思った家来が、じっと沼を見てみると、沼の水面から五十センチほどの深さのところに、秘密の橋がかかっていることがわかった。その家来は、急いで帰り、このことを義家に報告。義家は、すぐに、その橋を渡って指波城を奇襲攻撃した。不意をつかれた吉春の軍も、必死に応戦したのだが、とうとう追いつめられ、吉春は、城の西にあった 念南寺 の薬師堂で切腹し、指波城は落城したという。

参考 『 色麻町史 』
現地で採集した情報


現地レポート

これは、この伝承に関連している場所の全体図。指波城が落城するとき、吉春の妻は、家宝として大切にしていた黄金の鶏を抱いて、城の中にあった井戸に身を投げて死んだ。その後、この里には、どこからともなく、鶏の鳴き声が響くようになったという。


この伝承の指波沼は、現存していない。現在は、田になっている。上の写真が、指波沼があったところ。



この伝承の指波城の周りには、たくさんの桜が茂っていたので、 桜館 とも呼ばれていた。その桜館の東には 千人沢 という沢があるのだが、前九年の役の後、義家を恨んでいた者たちの計略によって、多くの義家軍の武士たちが千人沢で殺されたという。上の写真の赤い矢印が、千人沢。


平成 21 年 9 月 14 日 ( 月 ) 掲載
令和 6 年 1 月 13 日 ( 土 ) 改訂


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