伝承之蔵

七ッ森の由来
大和町

   昔、この里に、 朝比奈三郎 という怪力の持ち主が住んでいた。ある日、三郎は、ある里の地面を掘って、その土を、この里に運び、七つの山をつくったのだが、最後に、 タンガラ についていた土を叩き落としたとき、その土で、さらに、小さな山が一つできた。その後、その七つの山は、 七ッ森 と呼ばれるようになり、最後にできた小さな山は、 タンガラ山 と呼ばれるようになったという。

参考 『 新訂 富谷町誌 』
現地で採集した情報


現地レポート

これが、七ッ森とタンガラ山。タンガラ山は、たがら森とも、たんがら森とも呼ばれている。 左から、@ 笹倉山大森山 )A 松倉山 B 撫倉山 C 大倉山 D 蜂倉山鉢倉山 )E 鎌倉山 F 逐倉山 Gタンガラ山。


朝比奈三郎が土を掘った時にできた穴に水が溜まって 品井沼 になり、土を捨てる為にタンガラを背負って歩いた跡に水が流れ込んでできた川が、現在の 吉田川 だという。朝比奈三郎に関して、新訂 富谷町誌には、「 おそらく朝比奈三郎以前に山をすみかにしていた山人がいて、麓のマタギで力の強い者が山人との戦いに勝ち、それがたまたま朝比奈三郎の豪勇ぶりに譬えられて今日に伝えられたものではないかといわれている 」とある。


七つ森の配置図と標高。 ウェブサイト 「 大和町 」 より画像を引用させていただきました。



平成 21 年 11 月 19 日 ( 木 ) 掲載
令和 5 年 12 月 12 日 ( 火 ) 改訂