片葉の葦 |
亘理町/吉田/北田 |
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昔、後三年の役のとき、 源義家 の家来である 鎌倉景政 は、十六歳の少年であったにもかかわらず、義家と共に 藤原清衡 を助けるため、 清原家衡 ・ 清原武衡 の軍と勇敢に戦った。この戦いで、武衡の家来で、弓矢の達人と謳われた 鳥海弥三郎 の放った矢が、景政の右目に命中したのだが、景政は、その矢を抜こうともせず、すぐに、矢を射って弥三郎を殺した。 その後、景政は、その矢を抜き、ある池に自分の顔を映して怪我の状態を確認しようとしたのだが、葦の葉が邪魔で池に顔が映らなかったので、 「 ええい ! 邪魔な葦の葉め ! 」 と叫んで、茎の片側の葉を、すべて切り落とした。ところが不思議なことに、その後、この池に生える葦の葉が、すべて 茎 の片側だけにしか生えなくなったので、いつしか、里人たちは、この池のことを、 “ 鏡が池 ” と呼び、この池に生える葦のことを、 “ 片葉の葦 ” と呼ぶようになったという。
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現地レポート |
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昔は池だった為、この畑の周りの土は、現在でも粘土質の土である。
鏡が池を埋め立てる為に、隣の山を切り崩したので、山の斜面が急になっている。
これが、その石。聖母マリアがキリストを抱いている姿が彫られている。
平成 24 年 11 月 19 日 ( 月 ) 掲載
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