伝承之蔵

宗祗戻し
亘理町/逢隈下郡/八ツ入

   昔、この里の殿様が、鹿島神社の社前で、一日一万句の連歌の会を催したことがあった。 宗祗 という歌人が、その会に参加するため、この里にある三十三間堂まで来たとき、ある貧しい身なりをした女性に会った。

   宗祗は、その女性に、 「 鹿島神社には、どのようにして行けばよいでしょうか ? 」 と尋ねたのだが、その女性が、あまりに多くの綿を持っていたので、 「 その綿は、売っていただけるんですか ? 」 と重ねて尋ねた。すると、その女性は、次のような歌で答えた。 阿武隈の  川瀬にすめる  鮎にこそ  うるかといえる  わたはありけんこの里にある阿武隈川の川瀬に長く棲んでいる鮎にだったら、 「 お売りしましょうか ? 」 と言える綿もありますが、あなたのような見知らぬ方に御売りする綿はございません

   すると、宗祗は、 「 こんな貧しい女性が、こんなに優れた歌を詠むとは … 。私などが会に出席しても恥をかくだけだ 」 と驚き、会には参加せず、そのまま自分の里に帰っていったという。

参考 『 わたりの民話 』
現地で採集した情報


現地レポート

亘理町には、多くの鹿島神社があるのだが、残念ながら、この伝説の鹿島神社が、どの鹿島神社なのか特定することはできていない。


このあたりに、三十三間堂 官衙 があった。



この官衙は、北地区の実務官衙域と南地区の倉庫院に分かれていた。



このあたりが、北地区の実務官衙域。



昭和六十一〜六十三年にかけて、宮城県教育委員会が行った調査により、その詳細が判明した。



これが、三十三間堂官衙の全景。すぐ近くを阿武隈川が流れている。



平成 24 年 12 月 7 日 ( 金 ) 掲載


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